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Julia Kerry

認知症の母とレスキューされた老犬との日々・・・仕事。 

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亡くなって一年の間

あぁ~1年が過ぎたのだな と

いぬのマーシャさんが亡くなって。



 おしゃべり




その一年の間の我が家は

レスキュー保護されたいぬの瑛太が新しい家族となり、

私はパートの勤めを辞めました。


母は私が辞めたことで

以前のような長時間のお預かりはなく、

私と過ごす時間が

圧倒的に増えました。


それと

続けていたアリセプト錠の投与を中止しました。



母はアルツハイマー型認知症の人でありますが

今や不安不穏になることは全くないと言っていいほど

更なる穏やかさ落ち着きはっきりぶりです 


いぬの瑛太は水頭症による癲癇の発作が

ここ数ヶ月見られず、

すっかり 我が家のお坊ちゃま君 ぶりです 



3度ご飯が美味しく食べられ、

暖かいお布団があり、

ふたりは病持ちでありますが

なんとかそれを乗り切っています。

私には大好きな仕事もあります。


今はもうそれだけで十分なんですよね。

このふたり(ひとりと1ワン)の家族に感謝です 

一緒に過ごせる幸せです。




でもこの幸せは永遠ではありません。

長くもないかもしれません。

確実に長くないでしょうと言える事実です。

だからこそ大切に大事にしたいと思っています。



時の流れと運命は受け入れる、

それしかありません。



いぬのマーシャさんは

1年前に逝ってしまいました。

残された私は

マーシャとの思い出を抱えて生きてきました。


命あるもののくりかえしです。



認知症で高齢の母と

水頭症で老犬の瑛太を抱えることは

私にとって

生と死を見つめる時間でもあります。




とまあ~そんな事を思ってはいますが~


ニコニコで~ 

今日もいいことをいっぱい探す日 

みんな無事で 

そんな毎日のくりかえしですゥ~~ 


あ、感謝も忘れずに! です。




  13,03,27夕食

  エビとブロッコリーサラダ、 酢ばす、 煮卵(昨日のお稲荷の煮汁で)

  カレーライス(ライスカレー?!)、ニンニク・エリンギ・トマト・ワカメスープ
                            ↑
                  火を通し過ぎて・・・まずかったのよね・・



カレーに乗っているのはヨーグルトとレーズン。

外国人の友人に昔教わりました。

子供にカレーを食べさせるのに

さらにバナナも追加して食べさせるのよ と。


母はこの食べ方、平気です 

私はパスですブヒ~・・・・ 



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*** COMMENT ***

うささんへ

うささん、こんばんはe-343

母の認知症の進行、時には便ショック。
瑛太の発作、肝臓の機能疾患。
これらでドキドキハラハラの時がありますが
それ以外は
お互いの息遣いとぬくもりヌクヌクで
ご飯食べて。。。。。
介護生活と題はついていますが
普通の生活を重ねるだけですね e-343

NO TITLE

毎日、大切に楽しみましょう。
毎日、思い出深い普段の日常を重ねてください。
これからもサンニンで季節を感じてください。
お母様のためにも、瑛太君のためにも、マーシャさんのためにも、ご自分のためにも。
 
しかし、毎日美味しそうだ。(^o^)

しいこねこさんへ

しいこねこさん、ゆいこさ~ん、
こんにちわ~e-257

しいちゃんも早かったのですね・・・・
マーシャさんもアッというまでした。
1個しかない腎臓が持ちませんでした。
寝たきりになってもいいから
もっと側にいてもらいたかったです。

> 命あるものの最後を看取れたことは「幸せ」だったと思います。
きちんと一生をみきれた、責任を果たせたというか。<

先に逝かれる悲しみはどうしようもなく、
でも最後までその子の側にいられたということで
家族としても役割は果たせたということですものね。
約束ですものね、「ず~と一緒にいるからね」 と。

人間も含めてのいきものという家族を抱えて
一日一日が穏やかに幸せに終わって
眠りにつける。
ありがたいことです

michikoさんへ

こんにちはe-466

こちら地方はお天気予報は曇りでしたが
午後から美しい青空ですe-343

私と母の関係は幼い頃からあまり良くありませんでした。
母は3人娘の末娘を溺愛し、「金魚と金魚の糞」の関係でした。
大人になってからも。
小さい頃は時には寂しく感じたこともありました。
多分姉もだと思います。

でもやはり母は母で私を産んでくれた人であり、
母は母なりの私への愛情があったことは今はよくわかります。
子供が幼いときは親も若いですからね。

ま、私は小さい頃からよくいうと自立心、
別の言い方をすると自分勝手な子でしたから
放っておいても大丈夫と思ったのかもしれません。

お母様、いいですねェ~
歩けて、おトイレがちゃんと出来て。
そして自力でお食事をなさる。
生きる生活するうえできわめて基本的な大事なことです。
なんか、十分v-218てな感じですね。

訪ねて顔を見て語らいの心地よい時間。
素敵です。

> 夫の両親、父を介護して、今は母のみです。自分の人生にも悔いなく70代に入ろうとしています。 <

素晴らしいです。

やることをやって悔いのない人生。
私も目指したいと思います。

NO TITLE

Juliaさんのブログでマーシャさんが18歳で逝ってしまったと拝見して、私もそろそろ覚悟をしないといけなのかな。。。と思った春でした。
でもまだその時は元気で、介助をすれば立てていた頃でもありました。
まだまだ。。。でもいつかは。。。

命あるものの最後を看取れたことは「幸せ」だったと思います。
きちんと一生をみきれた、責任を果たせたというか。

家族がつつがなく毎日を過ごせる幸せに感謝ですね。

同郷繋がり・・・。

今日のお気持ち。
共感することいっぱいです。私もこのように、表現できたらなー。

今、あなたがお母さまにこれほど優しく接することができるのは、愛情いっぱい育てていただいた
ということでしょうね。

もちろん私も、4姉妹の長女として大切に育ててもらいました。
でも、娘としてある程度成長すると???という部分も出てきて、長女依存の母への別の感情が出て
きてしまって・・・。

85歳まで一人暮らし。自立型マンションへの転居。炊事をしなくなったら・・・やっぱり。
90歳の誕生日に今の介護型へ移りました。

友人の一人に色々きいてもらい、ちょっと愚痴ったら、michiko さん、それはまだまだお母さんが元気なのよ。今の母のようになるとね・・・。と。

そして間もなく私にとっても、その日がやってきて。今は、訪ねては心地良い時間を共有しています。

数字。ちょっと関心あるの。母も。

まだ杖もなく歩けて、一人でトイレに行けて、一人でお茶碗もって食べること出来て。
それだけで感謝です。スタッフさんにも温かい言葉言っていただけますし。

われわれ介護する側が心に少しのゆとりを持つこと出来たらそれほど有り難いことありませんものね。

お料理も拝見しながら参考にさせていただきます。

夫の両親、父を介護して、今は母のみです。自分の人生にも悔いなく70代に入ろうとしています。


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