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Julia Kerry

認知症の母とレスキューされた老犬との日々・・・仕事。 

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決断・・・あ、その前に覚悟を。

2008年に正月休みを一緒に過ごそうと五日間の予定だけで、
母は、以前の入居施設から我が家にお泊りに来ておりました。
結局、「すみません、もう2,3日そちら(施設)に戻るの、延ばします。」と
二回繰り返しました。
ま、結局、施設へ戻ることなく、その時からずーと我が家で一緒。

正月休みが終了し、施設へ連れ戻すのを躊躇させた理由は、
母は施設にいて決して幸せじゃなく、
食させ、排泄させ、寝かしつけ、認知症という病に対するケアなど
微塵もなく、早まる死を待つだけ。
私はというと母が戻ったら、自分の決して不幸ではない生活に戻れるわけ。

そんな客観的事実がありながら、あなた、返せるのと自問。

施設退所した後、どうすんの・・・の方向性は?

うーん、究極の選択は私による在宅介護。・・・仕事どうするぅ私。
     仕事がなければ、飢え死にする二人。
うーん、自宅から極!近い施設に入居させ、私が毎日通い、
     時間のある時は自宅に連れ帰るという事で母の状況を把握したり、
     母との接点の時間を十二分にを維持する。
     これいいかもッ。
     ・・・そんなの近くにあるわけないッつうの。

母にはもはや終の棲家が必要なのです。
玉石混合の施設の中から石ころではない玉の施設が確保できるか、
さもなくば私のお家。

自宅に引き取る在宅の場合の最大の問題は、仕事もそうですが、
私という人格、性格そして個性が、母と暮らせるか、
母の介護を含めて一生責任を持てるかという事でした。


妹夫婦が出て行った後の自宅での一人暮らし(誰も住む事のないその家は
いまや廃屋同然)、姉が保証人となっての最初の施設。
その後、私が転居させたその施設。

認知症の進行している母にとって住居環境の変化は
症状の更なる悪化を招くため、
今回が最後の環境設定でなければなりませんし、
「わたし、認知症の母の面倒見るの無理ですッ、やっぱり」と言って
母の介護を放棄し母は私の所から新たなる施設へ・・・・・・・。
これだけは何があって絶対に決してあってはならないのです。
もはや。

認知症という病の進行と共に、本人はだんだん、わからなっていく、
出来なくなっていく中で、もはや自分の意思で何かを決定する事が不可能な中、
回りがその決定権を行使します。
それを行使する中で、出来うる限りいかに本人の思いに添うかという事が
とても重要です。
何故なら、私達家族も含めて、その決定権を
私達の都合で、すでに行使しているわけです。



同居する。
それだけで介護は成立しません。
食事を別々の部屋とか、介護家族が本人を一人にして出掛けたり
寝ちゃったり・・・・
誤嚥、転倒、徘徊、、、そしてその可能性・・・。孤独と不安。
それらを最低限でも見守るのが在宅介護です。
介護生活という名の元で、介護放棄される中
一番辛いのは、本人なのです。

     

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