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Julia Kerry

認知症の母とレスキューされた老犬との日々・・・仕事。 

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キリッ!

今日はお休みです。


会社の新しい部門の本格的準備も始まり、

このお休みのあとは

多分怒涛のような忙しさになること、間違いなしの、

もしかしてお休み返上、落ち着くまではの、

そんな感じです。


このお休みの後の出勤から

研修も始まりますです 



先月の長期休暇は

とても良かったッ、 あぁ~素敵でしたァ~ 

仕事以外のやること、こなしながらの充実感 



でもですね、

問題もありました。

起床時間が微妙にずれていくわけです。

少しずつ遅く。


仕事で出勤の時は

時間が決められていますから

起床時間も キリッ!

起きた後も キリッ!



長期休暇中はゆっくりゆったり、

時間に追われることはありません。

こなすことのスケジュールを決めても

ルーティンをやっても時間の余裕です。


ま、普通の人より早起きではありましたが

緊張感がありません。

キリッ! が全然ありませェ~ん。




   仕事が始まって

       あぁ~~やっぱりこの緊張感が好きだわァ~~  の実感。





で、今日のお休みは

何がなんでも瑛太のお尻部分トリミングです。

長期休暇が途中中断でしたから

休暇中やるはずだったことが残ってます。

瑛太の体調も問題なしです。

最優先順位です。

夏が来る前に。




     胴体すっきり

     
      胴体部分は OK 

      トータル、チビプードル一頭分刈り取りましたよ。

      所要時間10分、ザクザクジョキジョキと。

      お次はいよいよシャンプー爪きりです・・・・


爪きり、嫌がるだろうなァ~・・・・

うちのお母さんみたく・・・・


      嫌われたくないなァ~・・・・アタシ・・・・ 


      トリ終了2

         爪きりの好きな犬はおりませんッ by 瑛太





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母のお財布

   
    母のお財布

  お母さんのお財布




昔、母が着物を着ていたときに

よく使っていたものです。

35年ほど前のものです。

お揃いのバッグもありました。


バッグはもうありません。


最近私はこれを

日常的に使い始めました。


母にはもうお財布もバッグも必要ありません。



これを持ち歩くと母を思います。


何十年前に

着物を着て外出する時に

こうしてこれを持って出かけて使っていたんだな と。



小さなねずみのストラップも誰かからのプレゼントなんでしょう。

いつの頃のねずみ年でしょうか。



このお財布は母の記憶にはもうありません。

そんな母のかわりに

私がその記憶を持ち歩きます。




  今日の夕食

  2012,6.4夕食

 キムチ、 紅茶鶏+もやし、コールスロー(キャベツ・人参・リンゴ・コーン)

 玄米+大葉・黒ゴマ、ニンニク入りサツマイモミルクスープ、ほうれん草ゴマ和え。




コールスローの蜂蜜を多めにケンタッキー風で。

この甘さが母はお気に入りです、お子ちゃま?

かといってキムチの強烈さも大好きで~ 


今晩は常備采での時短メニューでした。


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今晩はこんなふう~

    
   今晩の母

    mini勉強




   母の足元に

   母の足元

     あ、瑛太、先日発作を起こしたのでトリミングは中断したまま・・・

     明日、お尻部分のモコモコお山をザクザクジョキジョキ予定。





最近の母は集中力が高く、

「フェアー」から帰宅、

そして夕食が終わると

この公文の「計算ドリル」が始まります。



今晩のここは私の勉強部屋で

ここで母がこの勉強(?!)に入ると

私的にはありがたいです 

パソコン使えますから 


母に 「せんせ様ぁ~ ご 足す さん は 9?」 と聞かれながら。




じゃ最初からここですればいいわけですが

タイミングの問題があるんですよ。


もし夕食後そのままダイニングテーブルで始める状況になったとき

(私が食後の片付け、で母はドリルを始めちゃうわけです)


後でこちらに移動しようとしても

大抵は断固拒否の母です 



一旦計算ドリルの集中が始まると

それ以外の思考は停止です・・・・




瑛太は普段から私がここに座ると

下に位置取りです。

今晩も。

ネムネム  待ってます、いつも通り。


      私はこんな風に過ごす夜がとても好きです。

      穏やかな普通の生活。



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お休みでしたから。

昨晩、母は 「フェアー」 でお泊りでした。




私は出勤なしのお休みなので

友人と待ち合わせて映画を観に行ってきました。

4、5年ぶりの映画館でした。


数本の上映があり、

友人は 「メン・イン・ブラック3」 へ。

私は 「わが母の記」 を選択して、

それぞれの上映館内へ。



その映画の中で

その母たる認知症の人を取り巻く環境は

やはり 映画は映画 というものでした。

ま、認知症を描くのが目的の映画ではありませんからね。




上映終了後の離席しながらの

私の席の前の方たち、

70歳前後の女性5名でしたが、

その中のお一人が

「こういうのは私達が観るんじゃなくて

息子に観せたいわよォ~」 とおっしゃったのが印象的でした。


その方のお友達は

「ほんとねェ~~」 と。




母親というものは

この映画のように

いつだって息子(子供)のことを思っているのよ ということでしょう。



それが聞こえた私は思わず失笑。






明日から出勤。

それに備えて常備采を作りました。


     常備菜


ほうれん草ゆがいて、カボチャレンジして、ブロッコリーゆがいて、

金目鯛煮つけて、

キャベツと人参、塩出ししてレモン汁をふりかけておいて
(あとは食べる時、コーンとリンゴとマヨ・牛乳・蜂蜜でコールスロー)

そして最近我が家で定番の紅茶鶏。




とりあえずこれだけでも下ごしらえしておくと

仕事のある日の調理は 時短 



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理屈を理解(?!)

先日の瑛太の 「水頭症」 の発作。



その時当然私は

瑛太の名を呼び続けました。



発作がいずれ起こるに違いないと覚悟しておりましたが

それを目にしたときは

やはり気が動転いたしておりました。




で、そのまっ最中・・・・


母の部屋の扉が開きました。


「せんせ様ァ~~大がしたいのォ~」
 と

母がこの顔  で立っておりましたですよ。



えぇ~~~ッ  

      な、何でェ~ しかも何故今なのォオ~~~
 




母はその1時間前にトイレ介助が終わって寝入っていました 

例え途中覚醒しても

起き上がって来たことはありませんのにィ~ 全くと言っていい位~。

そういう時はベッドの中で横たわったままですのにィ~。




焦った焦った私はこう言いました。

しかも認知症の母に言っても無駄なような、

何故か理路整然(?!)の理屈で。


「お母さん、今瑛太が大変なの。

発作を起こしていて大変なの。

瑛太の側を離れられないからとてもトイレは行けないの。

悪いけど後にしてくれる?!

悪いけど寝ててくれる?!」



わかるわけがないと思いました。

理解できるとは思わず、でも言っていました、私。




ところがですね、母はスンナリでした。

「え、どこ行けばいいの?」

「そこ、そこ、そこんとこよ、お願いしまぁ~す」 と

私はベッドを指差して必死  



母行ったんですよ、ベッドへ。

普段はベッドまで連れていって腰掛けさせて

毎回、枕を指差さなければベッドを理解できない母がです。



一旦、「大がしたい」と言い出したら

尿意がなくても絶対(!!)おトイレ行かなきゃの人が、

行かなきゃ絶対納得しない人が、不安不穏になる人が です。




     母は私が 「瑛太、瑛太」 と声かけしている声を聞き、

     普段とはいつもの日常とは違う私の声に反応して

     起き上がってきたのだと思います。



     しかも何が起こってるか状況は理解できなくて

     とりあえず(?!)の、  この顔   で登場でした。





でもベッドに戻るということは理解出来ました。

枕は認知できず、そのまま枕なしでしたが・・・・

ず~とひとりで横になっていてくれてました。

瑛太が落ち着くまで。



       母はその昔保健師、看護師でした。

       認知症でもその部分が無意識に反応したのでしょうかねェ~・・・

       病人が出て、今、事態は緊急なのだ とか。



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          じゃぁあ、翌日の夜、

          ベッドを寝る処と理解できたか、

          その時のように、は

          全く無理でした。 ダメでした  ねェ~