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Julia Kerry

認知症の母とレスキューされた老犬との日々・・・仕事。 

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せぃさんと青くりさん

二日前に

「認知症という希望」 の長男さんが

「福島県楢葉町」 の被災者の支援に

おかのりのプランターを作り、

種も持って行ってきたそうです。


青くりさん (別名「鮫女」) のお迎えダンプで。
           ↑
   これは長男さんが命名しました。

   私はサメちゃんと呼んでおります。


       詳細は長男さんのブログ、見てね 




青くりサメちゃんと長男さんが向かった所は

女性がひとりで支援している 福島県楢葉町です。


先日私はこの女性、

せぃさんと電話で話をしました。




せぃさんは

以前は被災した介護施設に勤めていたそうです。

せぃさんの経歴は

障害者・認知症老人介護施設です。


被災したときの介護施設は

せぃさんにとって理想を目指せるところとして

若いスタッフと日々頑張っていたところです。


そして原発で

そこを入居しているお年寄りと退去したのだそうです。

最初は全員一緒でも

移動につぐ移動で

お年寄りの状況も含めて最後まで全員では不可能になったそうです。


それでも

離れ離れになったお年寄りのこと、

特に家族のいない方、

どこでどんな風に過ごしているか把握して連絡を取ってるそうです。




今は自分も仮設住宅に住みながら

近隣一帯の、

特に高齢者、障害のある方の支援に走り回っています。


受け取った物資を

誰さんは何が足りない、誰さんにはこれを、と

細かく仕分けして配って歩いてるわけです。



詳しくは

青くりさんのブログ、

「あ、わたすが「青くり」です・・・」 を読んでください。

4月3日の記事からはせぃさんのことです。



私は青くりさんのブログを読んで

愕然としました。


青くりさんがせぃさんに聞いたそうです。

「何が必要か」 と。

「とりあえず食べ物が欲しい」 と言ったそうです。


今のこの日本の、

「食べ物が欲しい」 という多くの人がいることを

想像出来たでしょうか。




あの震災から

多くの人が復興を目指して頑張っています。

前に進む段取りができた人もあるでしょう。


     でもまだまだ支援と応援が

     本当に必要としている人たちもいます。

     この国では。



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        私は本当にこういう情報が知りたかった。

        現実のことを。



  ところで私はパソコン音痴で自分のブログに URL を貼れません 

  青くりさんからコメントが入りました。

  コメント欄の URL を押しますと青くりさんのブログに行けます。

  宜しくお願いいたします。