Julia Kerry

認知症の母とレスキューされた老犬との日々・・・仕事。 

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私は私自身。

4月が今日で終わりです。


日一日と時間を重ねる間に

一年の3分の1が終わってしまいます。


こんな風に歳をとってきました、

母と私です。




特に母を老人ホームから引き取って以来、

母の認知症の進行を少しでも遅らせること、

そして個としての母が母である という生活を維持するために

私のエネルギーほとんどを費やしてきた生活が

続いてきました。



アルツハイマー病の母が

このままいくといずれ迎えるものが

追視も出来なくなり無動の寝たきりの在宅の医療であろうという

前提で、です。




この予期せぬ母との同居(母がアルツハイマー病であろうとなかろうと)が

私に多くのことを学ばせました。


私自身ということを含めてです。


そして老いと死を学ばせてくれています。


それは母ばかりでなく、

先日亡くなったいぬのマーシャさんも同じです。


老いと死は

命の大切さと尊さをあらためて実感させることとなりました。



私自身の感性と思いのそんな中で

私にも何か出来るかもしれない と、

そろそろやってみよう、少しずつ の今日この頃です。


それはアルツハイマー病認知症という病の中で

穏やかに普通の生活を営む母の安定があります。

たとえ全介助であっても。


母に感謝。




       今日の夕食

        mini野菜炒め夕食

     野菜炒め(豚肉、新玉ねぎ、もやし、にら、キャベツ)

  ひじきの煮つけ常備采、 紅茶鶏のねぎ和えゴマ油で。
                ↑(昨日のメインが小鉢になっただけ・・・

  玄米入りご飯+シラス、 かぶとたっぷりニンニクのトマトスープ +パセリ。




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        もし母との同居がなかったら

        私には別の生活と人生があったでしょう、当然。

        ま、どっちの生活も人生でも 私は私自身 です。

        多分学ぶことは違っても。      

           












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昨日の私、今朝の母。

やっと暖かくなりました 


昨日一気に冬物しまって正解 

今日寒かったら不正解のガクッになるところでした 




昨日は

冬物しまって、

ついでにクローゼットも整理。



母の髪も切って、

母の髪はあと白髪染めをするだけ。



夏に向けてのバジルやカモミールや大葉やパセリの苗も購入し、

あとはプランターに植え替えるだけです。




そして今朝。

6時に母の手をスリスリしながら母の目が開くのを待つも

母、いつもみたく目を開けず・・・・


「おかあさぁ~ん」と声かけして目を開けてくれたと思ったら

「何よォ~まだ起きないわよ、私ッ」 だって・・・・ 


   眠たそう~・・・・

        夕べの睡眠の内容は良かったんだけどなァ~~?!




「お母さん、大(オシッコ)は?

 おトイレ行きたくないの?!

 私、おトイレ行くけど一緒に行く?」 


私のしつこい(?!)声かけに答えて

なんとか起床のおトイレへ。


トイレ介助、更衣介助の時も

拒否はしませんが 無言のブッスリ 



でその後、朝食。

食べながらいつものご機嫌に 

          わかりやすい・・・・・

 



      今日の夕食

   紅茶鶏

映像の見た目、濃い(?!)ですが

紅茶で煮たムネ肉をタレに漬けたもの、「紅茶鶏」



                       ↓
    紅茶鶏で夕食

         紅茶鶏、キュウリスライス敷いて白髪ねぎ乗っけてタレで。

   菜の花と厚揚げの煮びたし、 ひじきの煮つけ、 わさび菜塩漬けをおかかで。

         玄米ご飯+大葉、 なすの味噌汁。

 


紅茶でお肉を煮ると成分で肉が柔らかくなります、の母向き 

なんにでも使える万人向きと友人からのお勧めレシピ。

結構、ブームらしい~・・・・   美味しかったァ~~~ 


           
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大失禁の朝

久しぶりの大失禁の今朝の母でした。


シーツも防水シートもグッチョり 

あまりの量の多さでリハパン・尿パットからも

漏れてましたぁ~~~ 



いやいや、私のミス 


今日は私が出勤なしお休み日。

だから母はいつもみたく6時に起こされる必要がない。

で私は母が自然に目覚めるのを待っています、大体7時30分前後。


今日も自然の目覚めで

目をスッキリ開けての  の顔で

ベッドの中で私をお迎えでした。



母の頭の中は尿意があったらトイレへ とひたすらそういうことなんですが、

かといって失禁しちゃっていても気にしない・・・・

つうかわからない・・・・


いつもは6時起床で

そのままトイレ直行の大量排泄。

多分その分が過量となったんでしょう。



いつも通りの6時頃、

起こすんじゃなくてね、

トイレ介助のためだけの声かけをちょっとしてあげればよかったです。

「も一回寝てもいいからね」 と。




そして夕べ私は超久しぶりに母のベッドで一緒に寝ないで

母のベッドの下に布団を敷いてひとりで就寝。


母は最初の添い寝で爆睡してくれてたし、

私は翌お休みということで夜更かししたくて

ベッドの下の布団の中で本を持ち込んで読書。


私が眠りに入る1時頃、

声かけで母は一回トイレ介助で排泄、十分に!

でもそれ一回きりでした。


一回だと、

も一度排尿ありの失禁の可能性ありです、いつも。

でも母は 

「せんせ様ァ~ 大(オシッコ)がしたいのォ~」と自分で起きなかったし、

私もそれに甘えて(?!)2度目の声かけしませんでしたァ~~ 



今日は幸いお天気  で

私もお休みの洗濯日和です 


一気に冬物も片付け。



      冬の間、

      玄関の壁に飾ってあったこの写真額も

      今度の冬までお休み。

  miniちわわ写真

             数年前のカレンダーの写真です。

                    帽子も可愛いィ~~~  



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しかし母の夜間の尿量はすごい~

でも防水シートの下にさらに超大判ペット用シーツを敷いています。

おかげでレンタル用ベッドマットレスの被害はなしでした 












来客でカレーです。

しかし寒い日々です。



前回ちょっと暖かくなった時に

母のズボン下を履かせるのは止めたのに

今は又再開しています。


履かせると厚着しすぎなような

履かせないと寒々しいような・・・・



母は通常私の出勤日は6時起床ですから

まだ肌寒い時間帯です。

朝と夜は時には電気ストーブです。



3週間ほど前に整理した冬物は

まだクローゼットの中に積んだままです。



なんか異常気象なの?!と思いつつ、

     あぁ~・・・だったら

            夏が恐いです・・・・



もし反動で超!暑くなったら と今から憂鬱です。



北海道生まれの私は

夏の暑さに異常に弱いんです、若いときから。

もう関東の暑さにヘロヘロです・・・・ 



認知症の母は

寒さに対して 「寒いわ」 とすぐ言いますが

暑さに対して 「暑いわ」 とは全く言いません。


もしかしてお年寄りや認知症の人は

暑さに鈍感なのかもしれません。

それもあって熱中症が増えるんでしょう。





       今日の夕食
 
      繧ォ繝ャ繝シ螟暮」歙convert_20120427232052

       豆苗・生姜のだし醤油あえ、 トマト・ブロコ、 ミルク、

       茄子・カボチャ・長ネギの焼き野菜乗っけて

              手羽先チキンカレー。
 


新玉ねぎ、煮込んでいるうちに溶けてなくなりました~

茄子とカボチャで気分は夏カレー。    



今日、来客があったので母は「フェアー」で夕食です。

これは来客用です。


         母は明日朝食がこのカレーです。

         朝から ガッツり 



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ケアマネに伝えました。

前回の記事の、


先日「フェアー」の玄関先で

母が靴箱に掴まりながら

介助なし自力で靴を履いている最中、

スタッフが何の躊躇もなく、

下駄箱から自分の靴を取り出したことを

ケアマネに伝えました。




ケアマネ、それを聞いてまず最初に一言。

   「エェ~~  転倒の可能性あるのに・・・・!」


さすがケアマネ、状況把握が早かったです。





アルツハイマー型認知症の母の残された機能の中で

自分で靴を履く というのがあります。

別に強制もしません。

母が自分でやります。


その時私がいつも

   「わぁ~お母さん、よく足が上がるのね~ 凄いねェ~」

   「ありがとね、お母さん」

   「あら、悪いわねェ~、自分で履かせちゃってェ~」


大体この3つを言います。



母は多分それも聞きたいのかもしれません。

褒められる言葉を。



ですからおぼつかないながらも

母が自分で靴を履くことを私は見守ります。


側に張り付いて

いつ転倒やよろける場面があっても受け止められるを

想定しながら居ます。



ですから

ベテラン(といわれてる)の介護スタッフが

母が靴を履いている最中に

その脇を押しのけて(?!)自分の靴を出すことを優先したのには

唖然でした。


だって別に母が靴を履くのに1分も掛かるわけじゃありませんしね。


まるでそのスタッフの自分の家の、自分の玄関のようでありました。



ま、母はそれで転倒はしませんでしたから

別にクレームとしてケアマネに伝えたわけではありません。


介護職にもいろいろいるわけだ と思った出来事でした。




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今日のお迎えで・・・・

夕方母を迎えに「フェアー」へ。

行く直前に電話します、

「今から向かいまぁ~す」 と毎回。



迎えに行ってから

それから母の帰宅準備が始まると

介護記録をコピーするやらお風呂セット荷物はどこやら~・・・と

手間と、ちょっとの時間が掛かります。


母が靴履きコート着ても

ちょっとしばしそれらを手渡されるのに

立ったまま玄関で待っていることになります。



この玄関で待つのが

母はもうダメです。

たった1分でもです。


「なぁにィ~・・・早く行こうよ  です。


その日の母の気分と対応次第で

眉間に皺 になりますので

行く前の電話する事で

着いたら母を含めて即 手渡して頂けるように。



今日も着いて

母が玄関まで誘導されきて

私が母に靴を履いてもらっている間に

お風呂セットと介護記録コピーを持ってきて頂きました 




今日のその時丁度、

別のスタッフが帰るところで中から出てきました。


急いでいたのでしょうかね・・・・・


そのスタッフ、

母が下駄箱に片手を付き、

もう片方の手で足を上げて靴を履いているとき、

  母はまだ自分ひとりで靴が履けます、なんとか、やっと。

      片手で掴まりながら足上げて靴の踵を入れます 



「あ、ちょっとごめんね」 と

立っている母の体の横から手を入れて

その下駄箱を開けて自分の靴を取り出しました。



母はその下駄箱に掴まって

一生懸命、声かけされながら介助なしで靴履き中です・・・・
                 ヨッコラショ~・・、 ドッコイショ~・・



そのスタッフ、下駄箱の扉を閉めようとしましたが

母がその前にいるので中々閉められない・・・

「あ、いいわ。これ(下駄箱の扉)、後で閉めといて」 と

母の側に立って、私と一緒に母の見守りしているスタッフに言いました。



そして靴履き中の母に向かって

「瑠璃子さん(母の名)、じゃね、さようなら」 とそれだけ言って

下駄箱扉開けたまま、・・・・出て行きました。


          母は無言でした。

          私は唖然でした。




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私のこと好き?

やっぱりうれしいです 



母に尋ねるときがあります。

特にふたりでベッドに入ってりラックスしている時なんかに。


「お母さん、私のこと好き?!」 


するとですね、

母、キリッ キュッ と私をちゃんと見つめて


「あらァ~そりゃ好きよッ!」


「あら、ホントに?! どのくらい?」

    ま、しつこいですけどね、私も。まるで中学生の愛の告白みたいだ・・・


「そりゃせんせ様がいてくれるから、私、こうしてられんのよ。

一番好きよ」
 

    とこの場面ではきちんと言ってくれます。



ま、状況がふたりきり、

しかも只今その時大好きな添い寝中の人でもありますから。


言葉だけ聞いていると

なんかァ~わかってるのよね~~、こういう時は。

(と勝手に思って)

うれしいです  

   (だからしつこく聞いちゃう~~~)



最近は

「フェアー」のスタッフも皆、「せんせ様」になっていて

時には

私もそのうちのひとりと勘違いしている風もあります・・・・



      私的には寂しいもんです。

      やっぱり 特別 でいたいです・・・


      で、愛の告白  中学生版です。



        クリックおねがいします
              


         一番好きだ と答えるくせにィ~~~

         すぐに忘れてるアルツハイマー病の母の「愛の告白」です。









 

白髪染め予定なんですけどォ~

え~と、春待っているんですけど~・・・私。



暖かくなったらやろうという計画が

3ヶ月以上も前からあります。


母の髪染めです 



もう真っ白になりました 



でも冬の間は髪染めできないのです。

お風呂使えませんから

髪染め後のシャンプーができませ~ん。



我が家のお風呂は旧式で置きタイプで高さがあり、

母がまたぐのは中々大変ですが、

それよりもなんたって冬は寒いのです。

北極です。

夏はフインランドサウナです。



入浴中の寒暖の差が激しすぎるため

洗い場で 「寒ッ」、浴槽で 「暖かぁ~」

血管心臓結んだり開いたりの キュッキュッ を避けるため、

母はいつも「フェアー」で入浴です 

我が家では全く入ることはありませんしね~今や。



暖かく(暑くではなく)なったら

私が白髪染めを  と思っているのに

まだちょっと寒いです。




母は私と違って昔からとてもおしゃれな人でした。


もし認知症でなければ

今の白髪頭を見て

「何ィ~~この白髪頭ァ~・・・・  と嘆くに違いありません。



勿論、もう白髪頭でもきちんと染めた頭でもどっちでもいいし、

どっちもわかりません。



でももし母が認知症でなかったらという前提で

もうしばらく、

私に髪染めをやらしてくれる間、綺麗に染めてあげたいんですよね。


いずれ出来なくなるでしょうから。

ま、その日は遠からじ・・・。



    それに綺麗なお母さんというのは

         やはり子供心の頃から好きでしたから 




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        白髪頭とそうでない場合の見た目って

               そりゃぁ~もう違いますしねぇ~。 













注意されたいですよ。

3日前に脳外科へ行ってきました。

お薬アリセプト錠とコニ-ル錠(血圧降下剤)を取りにです。


私ひとりで行ってきました。



母には特に変わったこともなく、

日常生活を

私と地域密着型小規模多機能型施設「フェアー」からの支援で

普通に過ごしています。

で、ドクターに特に相談報告することもありませんでした。

時にはの母のお茶目さんぶりを話すと

ドクター、大爆笑。



勿論、記憶の欠落進行中という認知症の進行はあります、

アルツハイマー病ですから。

出来なくなってくること、

言語で表現すべき言語そのものを失ってきています。

でもそれに関してこちらの不安や対処の問題は

今のところありませんです。





先日母に添い寝するのに

一緒にベッドに入ったときのこと。


母は上向き、私は母に向かって横向きです。

けっこうべったりの至近距離でした。

母のほっぺたに私の頭の髪の毛が触れてる感じ。


それが痒かったのか

「あら、ここ痒いわ~」 と自分の顔をチョリチョリしながら

「あら、これが当たってるのね」 と私の髪の毛を触れました。

そして

「あら~これ何?」

「あ、(髪の毛用)ビン止めだよ」

「せんせ様ァ~、夜寝るときはこれ(ビン止め)取らないと危ないよ」 と。

           ↑
      こう言ったんですよね。



その日は丁度、

私は母が寝入ったら起きるつもりで洋服も着たまま髪もそのまま。

勿論 「あぁ~そうだね」 とビン止めを外しましたが

こんなふうに

認知症なのに予期せぬ言葉が発せられることがあります。



こんなふうに私に向けての会話が発せられると

私は とてもうれしい~~~~です。

アッというまに幸せ感に包まれます。


なんか普通に母の母親ぶりを感じられるような・・・そんな風に思うんですよ。




いくつになっても母親に注意されたいものなのだと

母が認知症になって痛感実感です。



            くりっくお願いします
                      



         ま、私を自分の娘とはもうわかりませんから

         娘に対して発したわけではありません。

         でも、うれしい~ 





続きです。

昨日の記事の続きです。



夜目覚めてしまって布団でひとりの不安噴出の時、

問題はお泊りの時。



母の

「あぁ~こんな所に来るんじゃなかった・・・」

「おうちに帰りたい・・・」
 を聞いたら

母のその時の頭の中が

以前居た老人ホームのことで埋めつくされていると

わからないスタッフもいます。


母が単に私がいる家を恋しがっていると思っちゃっているでしょう。


で自分の介護と寄り添いが

受け入れてもらえていないと落ち込んでいたりして・・・

(・・・は、ないか・・・・多分・・・)




で、究極に

「あぁ~死んじゃうのかしら・・・・」

なんて利用者である母に呟かれていたら

ギョッ  ですよね。



一緒に寝れば問題なしでも

夜間勤務中で

利用者さんに一緒の布団にはいって添い寝してするわけにもいきませんし。




我が家では

以前は亡くなったいぬのマーシャさんがおりました。

いつもベッドに入った時点で一緒の添い寝でしたから、

途中で目覚めちゃっても 

「誰もいないひとりぼっち感」 が今ほどはありませんでした。


「も一回ネンコしよねェ~」 なんてマーシャに話しかけたりしていました。

         マーシャは爆睡  してるんですけど・・・



いぬのマーシャさんがいなくなって以来、

母の あぁ~  ブツブツ  回数が増えてます。




母の夜間目覚めの

「誰もいないひとりぼっち感」 が引き起こす不安を

知っているスタッフもいるはずですが

もう一度「フェアー」に申し送りした方がいいな と思っています。

新しいスタッフがかなり増えましたからね。



この「誰もいないひとりぼっち感」の対応を誤ると

母は爆発的な不穏を示すときがありますから 




我が家での私の対応は

即ッ!添い寝 で全くの問題なしのわかりやすさですが、

「フェアー」お泊り時のそれに対する対応は

担当当直の個々の才覚に任せる、お願いするしかありませんけど。




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        母がお泊りの夜、

        今頃、あぁ~ とか ブツブツ かなァ~・・・と気になっちゃうし、
  
        母にとっても お泊りゼロ がいいんですが・・・

        ・・・そ、それは私が無理だな~~~・・・・  ブヒブヒ











ひとりではいられませんです。

母の不安がとてもわかりやすい時があります。


母はもうひとりでいることが全く出来ません、今や。


我が家では私がいつも目の前にいます。

日中「フェアー」ではスタッフがいます。

いつも誰かがいてくれるその繰り返しの日常です。



私は母がベッドに入る時、一緒にベッドにはいります。


そのまま朝まで眠る時もあれば、

母が寝入った時点でベッドを抜け出して

明日の朝食準備やその他雑用の時もあります。



私が寝入った母を残してベッドを抜け出した後、

ごくたまに母は目覚めます。

トイレに行きたいという目覚めとは違う目覚めです。


トイレの時は

「せんせ様ァ~~大がしたいのォ~」 で

トイレ介助が終わり、

そのままベッドに戻って

ひとりでもそのままスーピー で済んでいます。



なのですが、おトイレ介助じゃない目覚めの時は、

目覚めた時に 「誰もいないひとりぼっち感」 で不安噴出・・・てな感じです。




妄想錯覚の時もあります。

「あぁ~こんな所、来るんじゃなかった・・・」

「おうちに帰りたい・・・」

「もう死んじゃうのかしら・・・」



小さな子供のように

悲しげで苦しそうに呟きます・・・・孤独と絶望感・・・

(こういう時は母、以前の老人ホームにいるつもり・・・)


しかもず~と私が側に行くまでくりかえし呟いています。

向こうの部屋から あぁ~ とか ブツブツ 聞こえてきます・・・


「お母さん、大丈夫~・・・?! じゃ~私ももう寝るね、一緒に」

「あら~もう寝なさいよ、ネンコしようォ~~」 と

布団をめくってくれてケロりです 
 



あるいは先日ですが、

「せんせ様ァ~・・・・」 と

寝ている部屋から私を遠慮がちに呼びます。


「どうしたの? 目が覚めちゃったのォ~」

「足が痛いのォ~・・・」 とすご~く痛そう~~~!に。

「エッエーーー  、どこォ~?!」 と。


触ったり撫ぜたり(一体どこの部位??)とやっていると


そのうち 「せんせ様ァ~、何やってんの~?」

「いやね、お母さん、足が痛いっていうから・・・」

「あら、どこも痛くないわよ」

  あ、そ・・・・・・




勿論普段からも部屋で独りで座って

独りで自分の時間を過ごすということはありません、もう出来ません。



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            一緒にそのまま眠っていると
           
            何も問題なしのわかりやす~い母の不安です。 









寒いんですけど・・・・

春がきた と思いたいのに。


桜も咲いて散り始めています・・・・のに。




今日もやはり夕方は寒かったです。

あれ、春だよね?!



暖かくなると

母のズボン下が要らなくなります 

2枚重ね着のセーターも1枚になります 

全般に薄手にもなります 


おかげで母への着替え全介助がかなり相当楽になります、私 



特に朝のパジャマからの着替え時は

冬は排泄から始まって20分ですが

暖かくなるとその半分の所要時間です。


出勤がある日の、この時間の短縮は

とてもありがたいものです。


ゆ・っ・く・り~ コーヒーが飲めます、私 の朝の貴重な時間です。

私が起きる時間と母を起こす時間は

年中変わりませんから。




と、春を待っているのに。

まだ寒い。

母の着ているものはまだ冬のそのまんま。


ストーブつけて

スープで温まろう~~と。  



      今日の夕食

       かぶスープ        

  納豆・オクラ・長ネギ・おかか和え。 豚肉・水菜のハリハリ。
        ラディッシュ・水菜・キュウリ・新たまねぎのみドレなし。
  
  ご飯・黒ゴマ。 カブ・ベーコン・新玉ねぎのスープ(ブラックペパーたっぷり)




母は昨日久しぶりの怒りんぼさんでした。

今日は

そんなことは全くなかったごとくのご機嫌さんでしたァ~ 

カブがトロトロのスープ、うけましたッ 



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怒りんぼさん

今日はビックリしました、皆で 

母のことです。



夕方母を迎えに「フェアー」へ行きました。

いつも家を出る直前に電話を入れます、

「これから迎えに行きま~す」 で3、4分後位に到着です。

その時母はスタッフに手を引かれて玄関に出てきます。


のはずが

到着して玄関を開けましたら

聞こえてきました、母の怒りんぼの声が・・・・


「今これやってんでしょうーーーッ 

「いいわよーーーッ 




要はお迎えのため

「もう帰りましょう、 お迎えJuliaさんが来ましたよ」 のスタッフの声かけに

うるさいわよ、これしてんだから ということで

公文の数字盤数字並べに 超!超!夢中ということでした。



珍しい・・・・いつもは声かけにすんなり応じますから。




で私は靴脱いで中まで入り母のそばに座りました。


でもこの時怒りで興奮している母は

一番大好きなヘルパーのおばちゃんJuliaがきた とはわかりません。

(勿論、娘Julia とわかることは絶対ありえませんしね未来永劫・・・の、認知症)

単なるスタッフのひとり。

「何よ、(横に座った)あんたは?!」 てな感じ・・・・



「お母さん、おトイレ行くけど一緒に大(オシッコ)に行く?」
 の

これには必ず絶対乗ります の 誘い掛けも断固拒否 


「言われた通りにちゃんとやってんのよーーー 

いいのよ、このままで (ほっといて ということで) 




なのでそのまま数字盤をやってもらっておいて・・・・、

しばらく経ってちょっと一呼吸おいたときを見計らって


「お母さん、おトイレ行くけど一緒に大に行く?」

「う~ん、あ、そう~・・・・行くわ」


と立ち上がって私の手を握り

そのまま玄関へ向かって手を引かれ、

靴履いてコート着て帰宅の人となりました 



この時ご機嫌は悪かったけど

もう怒りんぼさんではありませんでした。



今日はスタッフも私もビックリの

超~久しぶりの怒りんぼ。


私は以前の老人ホームから引き取った頃を思い出しました 




原因?

集中力ピークの時に声かけしたからでしょう~

スタッフはお迎えが来るということで

その段取りでの中断の声かけしたから。


ま、タイミングが悪かったということですね。



久しぶりの母の自己主張です。

それはそれでよしです。 





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         帰宅後はいつものご機嫌 

         今、私の机で一緒。

         母は公文の計算ドリル、私はPC。


            もう寝よ~よォ~、お母さ~ん・・・・てば~ 

           









夕食時間、遅れても・・・

今日は17時30分に母をお迎えに行く予定。


と、16時過ぎに

「新規に英語教室に来たい」 という電話がありまして

まず面接ということになりました。

17時に来るとのこと。



面接自体はそんなに時間がかからずと思い、

「フェアー」に遅くとも18時にお迎えに行くと電話を入れました。

その時、ケアマネが

「お食事どうしますか?!」 と。


あぁ~そうなのよね・・・・

「フェアー」の夕食時間は17時半なのだ。



考える私・・・・・


他の利用者さんが食事中、母ひとりで食事なしは問題ない?

うん、問題なし。

隣の人が食べてると 

「私のはないの~?」 と聞くらしいのですが

食べている人のテーブルから引き離れた別のテーブルにいると

問題なしの何もわからない人。

という前提で・・・・ちょっと我慢してもらってわが家で夕食という選択・・・・。



でも食事してきてもらった方が

私にとっても母にとっても楽。

何故ならいつもは母のお迎え前に食事の準備は完了しています。

でも今日は生徒面談のために

事前に下ごしらえ準備の時間的余裕なしなので

母が帰宅してからの準備です。

そうなると時間がずれて寝るまでの時間が少なくなります。

でやっぱり食事してきてもらうという選択・・・・・。



ですが、

う~~ん と考えてやはり 自宅で食事 ということに決定。



実は最近、

母をちょっとでもひとりで座って食事させますと

    わからない・・・  わからない・・・  わからない・・・

         わからない・・・ わからない・・・



今やこんな状態なって食べています。

これ食べるもの? 食べられるもの? どれ食べるの?・・・?

全部食べるものなの? 残して食べるものなの?


目がウロウロしちゃうんですよォ~   




だから私がいつも貼りついて

母の 「これ食べていいの?」 から始まって

「いいわよォ~」 「これを食べてみてェ~」

「そればっかりじゃなく、こっちも食べてみてェ~」

「これ美味しいねェ~ 」
 と言って

「あら~ホントこれ美味しいことォ~  を引き出しながらのお食事風景。

            母の好み、わかりますからね。




母がひとりで目がウロウロ、気持ちがオロオロしながらの食事より

やはり食事する時間帯が遅くなっても

食後の眠るまでの時間が少なくなっても

一緒に食事、私と  の選択でした。




    箸を持って自力でなんとか食事する。

    そして声かけすれば上手に普通に食べれます。

             認知症が進行している中で

             これも母に残された大事な機能のひとつなんです。



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散る桜 残る桜も 散る桜

今日母とお花見に行ってきました。



      酢飯をこうして ↓

      手まりご飯


 

      それをこうやって ↓

      手まりすし
              お母さんには食べやすい 




      これは巻いて ↓

      巻物





      そしてこうなりました ↓

      お花見お弁当





桜は満開でした 

マーシャさんが眠っている桜の木です。


    3.jpg



         
その木の下で

お母さん、やっぱり花より団子でした 


          花より団子



         

今年も母と、

そして眠っているいぬのマーシャさんと過ごせた

素晴らしい日本の桜の季節でした。



      散る桜 残る桜も 散る桜  
                     良寛



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          来年もここでお花見だねェ~お母さん。











せんせ様ァ~がいっぱい

老人ホームから引き取ってしばらくしてから

母は私のことを 「せんせ様」 と呼ぶようになりました。

突然でした。



それ以来ず~と 「せんせ様ァ~」 です。



「私は Julia よ」 と言っても

自分の産んだ娘の Julia なのか、

どこの Julia なのかもわかりませんが、

その時だけは同意して

「Juliaちゃんて言うんだァ~~」

でも数秒後に忘れています。




私だけが 「せんせ様」 でしたが

最近は「フェアー」のスタッフ誰彼かまわず呼んでいるみたいです。


連絡帳にスタッフが母の発言内容を記してきますが

「せんせ様ァ~ありがとう。。。ありがとさん。。。

 せんせ様ァ~大(オシッコ)がしたいのォ~~。。。。」 
と書いてあります。


ほとんど呼びかけが 「せんせ様」 です。



ま、誰それさんという名前は覚えられない、理解できない。

そして自分のお世話をしてくれる人は皆、「せんせ様」 ということなんでしょう~


「せんせ様ァ~」 と呼べば

どの人も自分に対応してくれるということなんでしょう~


皆、私に見える?!写ってる?!


私がいっぱいいるのか、

せんせ様がいっぱいいるのか・・・・・



段々と私が特定出来なくなってきています。

確実に進行しています。





    今晩の夕食

      フローズン鮭夕食

 春雨・キュウリのナンプラー和え、 ちょっと凍らしたシャケ+大葉(ふたり分)、

                     里芋・椎茸・コンニャク・ごぼう煮。

 玄米粥+黒ゴマ、 昨日残りのトマトスープ、 生の落花生の煮物。




ちょっと凍らしたシャケのルイベ風に、

オリーブオイルとワインビネガーとニンニクのドレッシングかけて。



私的に受けたのが生の落花生の煮豆  

先日の「写経会」での持ち寄りのおすそ分けです。


母的に受けたのが昨日残りものトマトスープなのよね~・・・ 

        ホント、トマト 好きです、うちのお母さん。






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介護家族会にて

先週、地元地域の 「介護家族会」 がありました。




ベテランケアマネさんとの話。


確実にアルツハイマー型認知症と診断されても

本人がそれを認めない。


「俺は何でも出来る」

「俺はきちんと出掛けてもこれる」

「俺は友達だっていっぱいいる」

「俺はボケてなんかいない」

「 。。。。。。。」


診断したドクターからも介護サービスの申請を勧められても拒否。


ドクターからもその利用を勧められるということは

本人の自覚は別問題としても

病状はかなり進行しているという客観性があります。

PET診断もしたそうです。

家族からも日常の行動の説明もあったはずですから。



う~ん、家族は大変でしょう。

介護サービスを受けている否かで

家族の負担は大きく違います。

でもその前に介護認定を受ける段階での本人の拒否です。


この現状に

家族はお手上げ、暗中模索状態だそうです。




母の場合、

すっかり十分に認知症進行しちゃてますからね、

「せんせ様ァ~ お願いしまァ~す」 状態・・・・・・

病であるの認識なくの 「もう何もわからないのォ~」 の認識です。



今日は私は何の予定も入れずのお休みでした。

早朝起床していろいろ済ませ、

5時半頃、再度母のベッドへ。

母、それで目を覚ましてしまいまして

そのままふたりでベッドの中で手を握りっこしたり、

歌を歌ったり・・・・朝から・・・・で、7時半起床でした。


もう朝の出だしがそうでしたし、

いつもの出勤時の朝みたくバタバタしませんから

一日中、そりゃあ~もうご機嫌でした 




    お休みなのでゆっくり昼食

        お休み昼食

  チキン・玉ねぎの蜂蜜・味噌・お酢のパスタ+大葉、 ブロッコリーそのまんま。

  新玉ねぎそのままコロン・ベーコン・赤パプリカ・アスパラの

  ニンニクもたっぷりのトマトソーススープ。




触ると崩れるトロトロ玉ねぎに

母は何度も 「あら~美味しいこと」 と 

 



      昨日おすそ分けの花も

       花祭り2



       花祭り1

似た様なもんですが、

というよりそのまんまふたつ・・・・・でもお部屋が華やぎますです。




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花まつり

今日は 「花まつり」 でした。



そんなこと、全然知りませんでしたあ~~~~ッ。

仏事、神事にチョー疎い私ですの実感。

日本人なのにィ~・・・・・ 




いぬのマーシャさんが眠っている禅宗のお寺で

今日は写経の日でした。


昔習っていたお習字を又本格的にやりたいと思いつつ、

やらず・・・にいましたが、

そのお寺で写経の会があることを知り、

供養も兼ねて参加してきました。


参加者は私を含めて7名でした。

全員女性で、

檀家の方もいらっしゃれば

そうでない宗派が違う方もいらっしゃり、

上は100歳の方から下は70歳以上で母の年代です。



周りを見渡して

「あら~~~ 私なんか、まだまだ ひよこだわ~」 ピヨピヨ 状態、

そんな風に自分がみえましたです。




皆さん、そりゃもうお元気でそんな姿を見て

つい母のことを思っている私。


「あぁ~お母さんも認知症でなければいろんなことができたんだなぁ・・・」と。


ちょっと切なし・・・

でも認知症以外は健康で

私のそばにいてくれるからそれでよしだね と。

長生きしてくれてそれだけで感謝だね と。




私は写経だけだと思っていましたが

お経も読み、お念仏もやりの思いがけない経験でした。


で「花まつり」の日でもありました。

それに関しても勉強させて頂きました。

生まれて初めて甘茶も飲みましたですよ。


お花は参加者の100歳の方が自宅で植えていらっしゃるものでした、すべて。

会が終わって帰宅した後、

ご住職がそのお花の一部を届けてくださいました。

う~ん、ゴージャスです。

この蘭はとても長持ちするそうです。 嬉しい~~~  


          花まつり





我が家はいつも大手スーパー火曜日の特売98円のお花ですからね。
                             ↓

          98円花





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          麓にマーシャさんが眠っている桜の木は7分咲き。

          今度の水曜日私のお休みの日に、

          母とふたりでお花見の予定です。











          

お泊り日数

母のお泊りは

老人ホームから引き取って以来、ず~と一泊でした。

それ以上は何がなんでも考えられないという感じでもありました。



去年の暮れに私の仕事の関係で初めての二泊三日がありました。


そして今回はいぬのマーシャさん、

具合悪くなってと、亡くなった前後で

とても母の世話をいつも通り十分にやれる自信なくで

二泊三日と三泊四日の予定外緊急お泊りがありました。



何年もず~とお泊り一泊だけコースで来ていましたから

今までと違うパターンになりますと

母にとってやはり若干の変化と影響がありました。



まず身体的に。

母は「フェアー」への送り迎え時、

我が家から外へは18センチほど高さの階段20段を昇り降りします。

ほぼ毎日です。

とても良い運動量です。

「フェアー」お休みの時も出掛けますから、買い物とかで。


三泊四日お泊りから帰ってきたその日、

お母さん、階段を昇るのがかなり辛そうでした・・・・・

階段踊り場で フーッとひと呼吸ひと休み。


しかも 「何でこんなとこ歩くのォ~~?!」 と言って。


普段と全然違っちゃっていました・・・・・ドキッでした。



やはり86歳の高齢者なんですよね。

3、4日昇り降りしないだけでそうなっちゃってました。




そして帰宅後

我が家を「フェアー」とみごとに勘違いしていましたァ~・・・ 

「あら、他の皆さんはどうしたの?」

「あら、私ひとりでいいのかしら?」



普段から我が家が自分の家という認識はありませんが

私とふたりきりの時は

ふたりで過ごす所であり、

ふたりで過ごす当たり前の時間という感覚は持っておりました。

なのに私なんかすっかり「フェアー」のスタッフさんでした。

ご丁寧な物言いでしたよォ 


不安とか不穏はありません でちょっと安心。



忘れるというのがアルツハイマー型認知症です。

すっかりそのパターンでした。



それがわかりましたから

すぐにせっせといつものわが家の日常ルーティンを刷り込みし

今は元通りの問題なしです。



でもですね、

明日も私の所用でお泊り予定が入っています。

・・・・・・・ 


で、今月この後からは当分お泊りはなし にしますの決意 



といいながら私が寝不足でちょっとヘタって

緊急お泊りとかになっちゃうんですよね、これがきっと。

長い介護生活でそれがわかりますですよ~・・・・



でも何がなんでも一泊だけです。



              
          今日の夕食

         チキンオーロラソースで

  チキンパリパリ照り焼き+ブロコ・トマトを
                    ニンニク・パセリ入りオーロラソースで。

                         メカブと豆腐。

  玄米+大葉・黒ゴマ、 ニラの卵とじスープ、  新玉ねぎと削り節あえ。



新玉ねぎと削り節あえは塩分使わずで  



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       ふたりだけになってしまったけど、いつもの日常です。

              母がいてくれてありがたい。













                       

記憶喪失

ビックリしたというより ショック でした。


昨日「介護家族会」の帰り、

マーシャさんが眠る桜の木があるお寺に寄り、

そこの住職ととりとめのない話をしていた時のこと、

突然、

私は会社に衛生関係のフォームを提出していないことに気づきました。

完璧に忘れていました。

記憶の1ミリの断片すらありませんでした、ず~と。


しかも

いつも持ち歩くバッグの中に入っているファイルの中に入っていないのです。

どこでそれを置いて来たのか紛失したか全く思い出せない・・・・

青くなりました。



提出期限はすでに2日前でした。

これは毎月確実に提出義務のものであり、

それを忘れているなんて~・・・・・

絶対ありえないはずのことでした。

ぼう然となりました・・・・・・・しかもフォームも紛失・・・・

すぐ会社に電話しましたが担当者が出ません・・・・・



帰宅して再度電話しました。

担当者が出まして

私は謝罪と、どうしたらよいのか尋ねました。

フォームの再発行しかありませんし。

始末書もんです・・・・・


すると担当者がちょっと間をおいてから

「あら Juliaさん、提出済みよ」 と。


        ショックでした。



全く記憶がないのです。

出勤時に提出なのか、退社時か、

何日の日なのか・・・・


先月もその前も

いつなんどきとか、

あらまだだれだれが提出していないのね などと思いながら

提出記名欄に自分の名前を記入した記憶がちゃんとあります。

思い出せます。

ま、それほど重要なものでもあります。




提出されていたのは

マーシャが亡くなって、

翌日はお休みのその翌日でした。

その日、私はお休みを取りたかった・・・・

でもいつもの日常を維持するために無理して出勤しました。

身体を動かしているほうが気が紛れるにちがいないと・・・・




たまに聞く話でもあります。

ショックで声がでなくなるとか、記憶がなくなるとか・・・・


多分それに各当するのかもしれません・・・・・



        未だに全く思い出すことが出来ません。

        提出した記憶が全くありません。

        初めての経験です。




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     実はこの記憶喪失ショックが私を立ち直らせています。

     あぁ~こんなにマーシャさんのことは辛かったんだァ~という

     自覚 からです。


     
母は元気で穏やかです。

今日はほっぺにいっぱい チュッ  です。            




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