Julia Kerry

認知症の母とレスキューされた老犬との日々・・・仕事。 

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一気に年の瀬

昨日でお店も終り。

今日の午前中の英語教室で、これも今年最後。

母は今日水曜日は、お迎えなしでそのまま「フェアー」での延長。


母がいないので、
お昼から昼食抜きで大掃除邁進中 
                  と、今、食事しながらの休憩中。

 
普段の日中、母と一緒だと
暮れに向けての大掃除も限界があります。



      明日午前中までの、母なし時間中に、一気に大掃除とお節料理の仕上げ。
 
   ということで

          それこそ一気に年の瀬が私を襲ってる最中。




もし、母という家族がいなければ、
ここまで気合が入ってるとは思えません。

多分、1人暮らし故の、だらりだらりの休息中 でしょうね。


今は母を抱えた生活の中での 「年の瀬、年の瀬・・・!」 と迫りくる、心地よい圧迫感。


お店の大掃除はまったく手付かず状態なれど、正月休み中に母を連れての、大掃除を予定。
優先順位からして仕方なしの選択。
     気分的にはスッキリしないんですけどねぇ~・・・・・ま、いっかぁ~




          やはり介護生活は一人暮らしの時とは違い、

              今年もいろいろありましたが、

                  なんとか母と乗り越えての一年でした。


          今年の節目も母と迎えられる、

              私にとってそれだけで十分です。

                     あ、勿論、マーシャさんも ね!                                                                                                                      





                    
                        
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せめて説明責任だけでも・・・・

                      介護家族の気持ち




木曜日は、
     私がお店定休日なので「フェアー」のお泊りではなく、
               私と私の友人とでの、クリスマスイブを過ごした母。



その夜、
     便秘がひどい母に
              予定どうり、下剤フォルセニッド12mgの投与。


翌朝一番で脳外科の受診。
     帰宅後から予定どうりの排便の始まり。


量をみて、
     もっと早く投与すべきだったと反省。深く反省。


但し、

投与後の排便のためのトイレコール回数、半端じゃないので、

「フェアー」でのお手数は申し訳ないと

出来るだけ私の手間だけで、

下剤投与後の介助はやろうと思っていますので、

どうしても木曜日夜の投与、翌夕方までの時間内で 処置を と・・・・

木曜日にならざる得ません。
        ・
        ・
        ・
とりあえず、大量の便の排出。
消耗感も全くなし、血圧正常での、その夜の「フェアー」のお泊りへ。





         そして翌朝5時50分の「フェアー」での出来事の始まり。

咳き込み。

枕元に嘔吐物あり、胸元も。

掛け布団の下に、軟便2塊、あり。

              と訪室によって確認された由。

しかも嘔吐物の中にタバコのフィルター混入。

「大が出たい(したい)」の訴え続く。

6時40分に救急センターに電話。
「緊急性がない」ということで、様子見との見解。

7時40分に家族(私)に電話。

                          ~介護記録より~



「今から行きますッ」と、それを電話で聞いて 仰天   の私。
「もう、落ち着いてますから、大丈夫ですよ、いらっしゃらなくても」


「多分、便ショック?!であろうが、落ち着いている訳ね」 という事で・・・・

    ・・・とりあえず!安堵して・・・又、    へ・・・の私・・・・

        ・・・・いつもどうり11時45分に「フェアー」へ母をお迎えに。



が、
     その時、何の説明もなし~~~~全く、全然、一切!

                 誰からも。




え~とぉ~

私としては、母を連れて帰宅して、連絡帳を開いて更にビックリ。

いつもの、毎日の連絡帳に
以上の件の時間経過を記載した担当者の介護記録のコピーが添付されていただけ。

だけ。それだけ!

朝7時40分の私宛の電話の内容そのままの。


     連絡帳にも一切の説明なし。言及なし。

                誰からも。




え~とぉ~

私としては、介護記録のコピーを読んで、

    嘔吐物が気管に入らなくて良かった良かったぁ

                                 が、まず一番、十分でした。



そして、え~とぉ~

掛け布団の下に排便。
じゃ、お母さん、ウンチの中で寝てたの?
ベッドから出て起きてたの?
2塊のウンチの量はどの位?
軟便?泥状便に近いの?

ベッドの上にかがんでした感じなの?
掛け布団、汚しちゃったの?
下着やパジャマは、どんな風な汚れ具合なの?
それとも汚れてないの?
        よそ様の記名入り下着、穿いて帰宅だったけど・・・


救急センターに電話したと言う事は
どんな緊急性の、母の様子だったの?
血圧下がっちゃったのかしら?
5時50分の訪室から6時40分救急センターへの電話までの間、
不安そうだった?
それとも不穏まで?
母はどんなんだったの?


救急センターへの電話が6時40分で、
何故、私への電話は、7時30分なの?
私の家は歩いて3分、
空飛べば1分なのに・・・・・
何かあったら、即、私に電話を!といつも云ってるけどぉ・・・
何がどうだったの?


え~とぉ~

母の我が家での前日夕食は17時15分。
何故、12時間後にタバコのフィルターを2個、嘔吐するの?
嘔吐の量はどの位だったの?
色は?

物を持たない、着たきりの母が私のタバコを持ち込んだとしたら、
どうやって?
パジャマに着替える時は、気づかなかった?
どうして・・・・・?


その後はずーっと起きていたという事ですよね?!
        ・
        ・
        ・
        ・
        ・
知りたいわけですよね、状況を。

      特に、その時の母の様子を。

           ただ単純に・・・・。
 
               別に 答えを じゃなくて。

                   わかんない事はわかんない で仕方のないことで・・・




問題なく、元気に生存していてくれましたけど、

迎えに行った時、あるいは、せめて連絡帳に・・・
ぺラッと 介護記録のコピーの貼付のみではなくて・・・

           説明して下さってもいいんじゃないかぁ~と

                    言葉があってもいいんじゃないかなぁ~と


                        しかも、ちょっと思っちゃいましたぁ、
                                   介護記録って、公開を前提しているの?って。




説明つうか、言って下されば、

           こちらからも 質問も出来るじゃないですかぁ~





ま、つう事で

午後に、別の用事でこちらから事業所に電話して、
      こちらからのアクションで説明していただきましたです。

但し、担当者への聞き取りが行われなかったのか、
あるいは不十分だったのか、
母のその時の様子の説明は、不鮮明、不明瞭の感は否めませんでした。



  要は、まずは、

         最初の説明責任を回避されたことに

                   ビックリした訳ですわい


                                           つうことでした。



母は調子が宜しくない・・・・・・・





          
                  
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ドクターから言われた事

                    脳外科へ



木曜日クリスマスイブの翌日、

昨、金曜日、朝一番で脳外科へ検診に。


    母を見た・診たドクターは、


             「良くなっているよねぇ~」


    入居施設からの引き取り前後からの、 2年以上のお付き合い のドクター。



あの当時の、このドクターを初めて受診した母は、

      オムツ状態、

      時にはベッドがトイレ替わり、

      両手引き歩行の 必要時には車椅子、

      嚥下力は通常人の四分の一以下、

      チョッとでも熱いものはダメーッ、



      不安と不穏で一時間 (にですぞ!!)に、20~30回のおトイレコール、

      夕方になると、何故かぁ~表情が・・・曇り始める、

      険しい表情、

      「自分の部屋に戻ります」と、お外への脱出を図り、

      一緒に家の周りを歩いて戻ると、「じゃ、自分の部屋へ戻ります」の繰り返し、

      私の言い方間違えると、突然の怒り、抗議、時にはストライキ?!

      コミュニケーションという会話のキャッチボールは、無理無理、

      説得・納得というもの、それは、当時の我が家では存在せず、

               ・
               ・
               ・
アルツハイマー病に関する知識だけは詰め込んで、覚悟はありの私は、
        これがアルツハイマーかぁ~と見つめながらも

当時の私の使用言語は

     「エッ?」 「ギョッ!」 「ァア~?~アッ!」 「ヒョヒョホー・・」・・・・・etc・・etc・・



        母はまるで   
              車椅子に乗った異星人、登場! てな感じ!
                                           でした。
   
 


でも、

これらアルツハイマー病認知症の典型的な進行の中で、

        母は、心が一番 弱っておりました。




今や、ニコニコ、スタスタ歩きの普通パンツの母は、ドクターとおしゃべりをし・・・・

   「アルツハイマーの人は、ほんとは、こういう会話できないんだよなぁ~」 と母を見て。

   「アルツハイマーって、もしかして直りますかね~」 とわかっていても聞く私。

   「直らないけど、良くなるんだよね、周り次第、環境次第」 とドクター。

ウゥ~ン、ウワオゥ、イェ~イ  と納得の私。



ドクターと、母の脳の PET検査画像 を、見ながら・・・・・
               「アミロイド蛋白びっしりですねぇ~」


          画像は しっかり アルツハイマー病 を、示しておりました。





                     
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パジャマと下着とセーターで

                クリスマスイブ、友人と


昨日のクリスマスイブは、私のお店定休日での母のお泊りなしで、

母は我が家で金曜日18時まで、ずっと私と一緒。  あ、マーシャさんとも。

イブとお店定休日が重なって、ラッキーだゎ でした。



母へのクリスマスプレゼントは、

               パジャマと下着とセーター



去年も同様

      ・・・・芸のない私?!(まぁね、自分でもそう思う)

                   ・・・必需品(でも、単なるまとめ買いじゃないのかね?!)。



来年一月一日から着てもらいます。

私達姉妹が幼い頃、
   大晦日に、新年から着る新しいパジャマと下着を、母が用意していたのだけれど、
       それを真似して、今回も母にはパジャマと下着です。プラス、セーター。




夜は

友人のくうちゃんと、

くうちゃんのお嬢さんの御主人が経営している

母も大好きな、自家製ラーメンもある、焼き鳥「ごきげん鳥」へ。



母は上機嫌。
       「美味しいよね、これ!」とモグモグ。



    美味しくて、楽しくて、幸せ・・・

       三人で 味と、時間と、空間 の共有・・・・




         くうちゃん、母そして私とで
                          
                   ささやかな私達の クリスマスイブ でした。





                     
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深刻の引きがね・・・

              
       ガッガア~ァ~ガ~ン、ガンッ!!!




それは今年の6月、ある日の朝、8時10分。

突然!のこの大音響と、大振動で
マーシャとベッドで寝入っていた私は、飛び起きました。
                ま、天井までは行きませんでしたが・・・・


     感じとしては

              地震! 雷! 火事! 親父!

                                 が、いっぺんに来た感じ。


その日は朝4時30分頃入床して、私もマーシャさんもいつもどうりの爆睡中。




私が住んでいる建物の、ベランダから3、4メートル向こうに古い木造アパートがありました。
2棟。
しかも、私の部屋のベランダのまん前!!!

解体工事が始まったのです。

   凄かった・・・・・!!!

        べりべり!ガンガン!ドカ~ンッドッカ~ン!ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ァァァ!




私は眠れませんでした、日曜日以外(日曜日は工事はお休み)
        ・
        ・
        ・
      一ヶ月近くの間




そして更地となってそれが終了し、穏やかな静かな午前中が・・・戻って・・・
                                  私にとっての  ・・・



と、

9月に入っての、ある朝、やっぱり8時10分。

            ドンドンドンッ!ドカドカドッカ~ンッ!ダッダッダッダア~ン!

                      と、今度は新築工事が始まりましたぁ~・・・・・・・
   
                                       す、す、凄い!!!





私は日曜日以外、やはり満足に睡眠が取れていませんでした。
         ・
         ・
         ・  


11月前半に大音響と大振動は終わりました。             
                    只今、庭とか玄関回りということで・・・・




それ以来なのです。

    母を「フェアー」に送り届けた後、
      立っていられなくなるほどの、強烈な睡魔に襲われるようになったのは・・・!



   そもそもが職業上、昼夜逆転という体内時計が狂っている中でも
      母との生活、仕事そして睡眠と
         それだけを一定のリズムでこなしてきていたわけですが、


あの睡眠を奪われた状態で

      体内リズムを見事に崩してしまいました。






母と一緒の時は、お昼寝は出来ません。
    「今眠ると夜眠れなくなるから」ときっぱり!のお昼寝をしない母。


もし、私が眠ってしまうと
    母は物凄い不安状態に陥ります。


不安そのものの顔で、ひとり、部屋の中をさ迷い歩き続けます。
    トイレに通い続けます、摘便行為をともなって。


あっという間に周辺状況の悪化が如実に現れて、

       だから私はお昼寝出来ないし、母と二人きりの時はする事がありません。





工事中のあの頃、

      私の脳みそも

           ガ~ン、ガ~ン と鳴って、なっておりましたぁ~~です。




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深刻の続き・・・・

        前回の記事の続きなんですがぁ~   介護と職



私が気になった事は、一人介護の介護家族の事です。

              わかっていたつもりでも、あらためて、気付いたというか・・・・



前回の記事のように、

定刻どうりのお店オープンが、無理だったり・・・
英語教室の授業をキャンセルせざる得ない時があり・・・

           私は、お店も英語教室も 自営です。



そして私は思います。

もし、私が勤め人だったら・・・・

                母の調子が悪いので・・・
                病院に連れて行かなければいけないので・・・
                母が愚図っているので・・・



あるいは自分が
               ダメだわァ、ちょっと横になるわ。
               寝坊した~ギョギョォ~!
               遅刻だぁ~!

                  ・
                  ・
                  ・
                  ・ 
                 てな事を、くりかえしたら、
                  ・
                  ・
                  ・    


自宅での一人介護生活をしながら、

      会社、企業等の組織に属している勤め人である場合、

            解雇、あるいは、自ら退職せざる得ないでしょう。



組織および社会において、生産性の落ちた人間や

      その生産性があてにならない人間は、必要とされない、

            且つ、淘汰される場面が少なくはありません。


 

      それは職を失う事であり、生活の糧を失う事でもあります。


    
      介護をしながら、生活の糧は、介護者1人の肩に掛かっている中、

                       極めて過酷な状況に陥らざる得ないわけです





もちろん、その職を維持するために、
要介護の家族を施設入居してもらうという
選択肢はありますが・・・。

入居までの待機状況、個々の経済的状況等を鑑みても
今の日本の受け入れ態勢は、
そんなに簡単でもなく、甘くありません。

且つ、介護家族の中には
私のように自宅介護を絶対的に希望する者もおります。



私はたまたま偶然性において、ラッキーだけにすぎません。

自営である事も、雇用している人がなしという事も。



お店オープン時刻がずれちゃって、営業時間も日数も減っている事もあっての、

     且つ、今日的日本の経済状況、お店の経営状況のの悪化に伴い、

          売り上げが去年と比べて激減していても、
            
              それは私のせい。


それが嫌だったら、如何にそれを乗り越えるかの選択肢があります。

                 例えば、収入を増やすために英語教室の生徒を増やすとか・・・
                       但し、今の段階での私は、現実的に無理ではありますけど・・・・ムムゥ・・




自営の私は、とりあえず、解雇あるいは、自主退職の選択はありません。

ここが勤め人との決定的な違いでもあります。




ここ最近始まった、

     お店オープン時間が時には不規則、

         寝込んで起き上がれなかったり、

              英語教室の生徒への時間の変更・・・・

  
   この勝手さ(?!)、自己勝手な判断は、ひとり自営業だから 出来るのかもしれません。
                                      今のところ・・・・・
      


勿論、今日的日本の経済状況の悪化の中、自営業の苦しさも、一般企業会社並みです。
                   ましてや、介護家族を抱えていますと・・・・皆、同じ・・・です・・・


母と私は、いまのところ、ラッキーという事でしょうか。





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私の深刻

以前、
「フェアー」への、母の送りは19時。
そして、お店オープンが20時。

’お店オープン20時は遅いぞ ’ というお客の要望もあり、
今現在は、
お店オープン19時の予定で、母は18時に「フェアー」へお預け。


1時間早めのお預かりは、母が私と一緒にいる時間が
             その分、少なくなるという申し訳のなさはありますが・・・ごめんね、お母さん



なのですが、

ところが最近19時にオープン出来たためしが、超少なし!
成功率30%以下・・・・!



         実は、これが私にとって、かなり深刻なのです。



母を送ってきた後、自宅に戻った私は、チョッとした片付けと
        着替えを済ませてお店に向かう・・・という予定・・・なのに。




家に戻った途端ッ、

           もの凄~い睡魔が襲ってきます。 



す・ご・い・の!!

眼球の奥が、ズーンとしぼられる感じが、まず襲い、
        
          これをやらなくちゃ  の思考が、次に停止します。


お布団に包まっている私、
        それがどれほど心地良いかぁ~ぁ~
                   気持ち良いかぁ~ぁ~   
         

         ボヮワ~ンと、頭の中がその快感に、どんどん満たされています。      

        
        その感覚に、立っていられなくなります。



思考が止まり、ボヮワ~ンとなっていても

     「いけないッ、やばいッ」


        警鐘だけは、頭の中で ガンガン、ガンッ、・・・! と鳴っていて。


             ・
             ・
   えっ~とぉ~ 
   「せめて30分だけだぞッ」 と、己に言い聞かせ、言い訳しィ。
             ・
             ・
             ・
             ・
お布団に横たわる、

    体が溶けるチーズみたくなって、布団の上に溶けてゆく・・・溶けてゆく・・・





30分以内で、目覚めたらラッキー。

一度なんか目覚めたら、時刻は22時。 
                ぶっ飛んでお店へ・・・!

        しっかしねぇ、22時30分オープンのお店ってどこにある?!!


だから、私のお店のオープン時間が、きっちり してません。



                あぁ~ だらしない感じ。



お客さんに母との生活や、私のこの睡魔のことを話しても仕方ないし、
いいわけしても仕方ないし・・・



と、そこで考えました。

      この睡魔との闘いをどうするッ、

            眠らない、起きてるぞッ! の為に




             母を送っていく以前に、着物着用を 



母を送り届けての帰宅後、

    「お布団に バタンキュー は、できないのよッ!
                
         せっかく着た着物を 着崩したくないでしょッ」
 との言い聞かせ。



洋服は5分もあれば、着る事が出来ますが
     今の私の着物着付けは、20分程かかります。

         せっかくの着付けと、その時間がもったいない ということで・・・・。

         だから、横にならないぞぉッ ということで・・・・。




    ここ数日は、なんとかクリアー てな感じ。  フーッ  くるぴ~ぃ・・・ですぅ      




   
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4.進行していく認知症

                         着物好き



母は、着物好きでした。

宝飾類にはあまり興味なく、腕時計があればいい という人。

着物好き といっても、贅沢として着るのではなく、
日常的に着てることが、多かったものです。

それらの着物を 私が、母の家から全て移動して、保管していましたが、
ここ数年、私も着る様になりました。

着物を含めて、それに付属するもの全て、
足袋も小物も・・・・母の使っていた物を・・・・私が買った物はありません。


先日、私の大ドジ、背中打撲で
それ以来、背中を帯で締め付けての、コルセット代わりに、着物着用が多くなりました。



私の着付けが終わります。

         「あらぁ~、素敵な着物だこと~ 

         「いい色ねェ~その帯~ 
              
              ・
              ・
              ・
            えぇ~とォ~  あなたの着物だけどォ・・・お母さん・・・



着物好きだったからでしょうか、

       着物を見ると目を輝かせます 


     でも、それらの着物が、

        自分が好きで買った、

             自分が大事にしていた着物とは

                 全~然、認知できませんです。





昔の人である母は、自分ひとりで覚えた着付け。

以前は着物に興味なかった私も、着付け教室と本で、とりあえず、ノウハウを。
母の着物を着るために。



もし、母が認知症になる前に、

二人で着物の事を

「こういう帯の結い方もあるよ・・ああだ・・こうだ・・」と話せたら

どんなに楽しかっただろう・・・・・!


       それを思うと チョッと 切ない・・・・・です。




    私自身も老いて、せっかく母との共通点を見出したと思ったら、

                   母は、その先の自分の世界に、進んでおりました。
 




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3.進行していく認知症

母の今現在のぶっちぎりの集中力を示しての、特にお気に入りは

                洗濯物畳み  



ちょっとでも衣類が一箇所に溜まっていると

        「あら、これどうしたのかしら、畳まなくちゃ」



おトイレが終わって、
と、
洗濯機の横に置かれた、濯ぎ待ちの濡れた洗濯物を見ると、
目が  キラリ   状態!

        「あらぁ~、畳まないとぉ~」

        「アッ、お母さん、これは洗濯中なの、
                     だから後で畳むものなの、
                             後でお願いねッ。」 と私。

        「今やらなくていいのぉ~?」 とちょっと不満げな母。



来客がある時、
         「お母さん、これやってもらえる?お願い出来る?」 と訊ねると

          「あら、いいわよッ  」 と来客無視で夢中で、洗濯物畳み。



但し、以前は
畳み終わった洗濯物を順番に私が片付けしようとすると、

   「あら、何するの?!」

   「ちょっとぉ、私が畳んでるの、もっていかないでよぉ」


畳んだ物への認識がありました。

だったのですがぁ~
      ・
      ・
      ・
 
今はもう
       私がしまうために、順に持っていっても気にならない。

            認知できない




少ない量のとき、もう少しやってもらおうと

  私が母の、その目の前で
           
      畳んである物を取り崩して

         母の横に新たな洗濯物の山を作っても

                         わかりませんです。




         意欲はバッチリですが、確実に中核症状が進行しています。

                            母はアルツハイマー病なのです。





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我が家でのお風呂

先日11月24日の記事で

母の入浴介助で
浴槽をまたがせるのが、中々大変なのだァ~と書いたら、

ケアマネをしている友人が

介護用の浴室用踏み台と、
もひとつ浴槽に掛けて置き、そこに1回座してから湯船に入るという優れものの器具を
先日、持参してくれました。


それを見た私は、

「あらぁ~こんな仕組みのものがあるんだぁ~」
                              と、感動しながらも、

「ところで、もっと早く自分でも気付けよね、君ィ~、そういう物があるはずであることをッ」

                                             と、おもわず自分に呟き。



母の介護を通して知り合ったのですが、今や、大昔からの友人だった状態。

一人独身介護で私自身の家族はなく、
又、姉や妹も 全く全然これっぽっちも本当に 当てにならない中で、

母が体調崩したり、
介護においての、この場面のそのやり方がわからない という時とか、
母にとって、どっちの選択肢がいいのか迷う時とか、
介護サービス法令の矛盾に、一体何故??と判らない時とか、             
             ・
             ・
             ・  

       相談相手のない私は、すぐ彼女に電話か、メール。


       的確な指示とアドバイス。


       私と母との介護生活が、穏やかな、普通の生活を維持出来ていられるのは
       彼女のこの的確な指示とアドバイスがあってこそでもあります。 



認知症の改善と安定に必要なものは
    病院や薬ではなく、

        病気への理解と適切なケア、
            そして寄り添う心です。

         という信念の人、それを実行してる人。




専門性が高く、愛情深い彼女に担当され、寄り添われているお年寄りの方達は、
穏やかで幸せであるに違いありません。

私の確信!



つう事で
早くその器具を使って母を入浴させたかったのですが、


      お母さん、 
          風邪ひいちゃいましたぁ~




日曜日の夜から 声がかすれ始め、
翌日、咳を2回、鼻水チョロチョロチョロリ~、声はさらにかすれ・・・
でも熱は平熱(ホッ、とりあえず)。

即、内科受診。
新型、季節性インフルエンザではなく、風邪のひき始めとの診断。

熱がないから、とりあえず消耗感はなく、
本人、当然、風邪の自覚なく、
服薬も利いて、

あっという間の回復方向へ。

完全に回復したら、
       大好きなお風呂入ろうね、お母さん、あの器具使ってェ~~




声はかすれてハスキーボイスの母は
今、私の横で 「9 たす ろぐ(6)は・・」 となまりながら
ぶッちぎりのご機嫌。

明日午前中は脳外科の定期検診日。




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2,進行していく認知症

                        最近の母



今現在、母の学習療法は、2通りあります。

ひとつは
私が母と面して、張り付いてやる学習療法。

これは、東北大川島教授が開発した公文の認知症向けの方法を応用して、
今は、私が母用に作ったもの。

極めて単純な 足し算の計算と、簡単な 俳句と短歌の読み。

これに関しては問題なし。



もうひとつは
やはり、川島教授が開発した 「脳を鍛える大人の計算ドリル」。

私が側にいますが、基本的には、自習用。

例えば
今、私がこのブログを書いている時、

私の横で、 「2 たす 6 は 8?」 と私に質問しながら、

あるいは自分で指をおりながら、 「10 ひく5 は 5。」 とやっております。

これは小学生低学年用の足し算、引き算、掛け算。



ところが、ここ1カ月位前から、
      掛け算を足し算として計算し始めています。

以前の正解率は80%以上でしたが、
今は時には50%強位に落ちています。

確実に進行がみられます・・・・・



母に質問された時に正解をいうと、「違う」といって自分の間違っている答えを主張する事も。

間違いの指摘に対して、一瞬顔をしかめめる時があります。

以前は素直に「あら、そっかぁ~」と受け入れていましたが。

勿論、学習療法は正解を導き出す事が目的ではありませんので、
そのままにしておきます。



但し、間違いは目立ち始めましたが、


          意欲と集中力は素晴しい!
             



やられている、やられ始めている脳神経細胞がありますが、
学習療法という、計算、読みを通して、
別のところで新しい脳神経細胞同士が繋がっている・・・・のかも。 もしかして・・・・

現代の脳科学では、脳というのは年齢は関係ないことが定説となっております。

人間を人間たらしめている前頭葉の活性化を目的として行っている学習療法で
計算間違いが始まりましたが、


認知症になる前には、したことのない学習で

    新しい脳神経細胞(?!)を使って、

        あるいは、脳内の血流ガンガン   で、



           嬉々として、やる気満々で・・・・・

                          これで十分ということでしょうか・・・!!




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1.進行していく認知症

                          最近の母



ここ3週間程前から

    何か食べたいわ、何かない?」
               
                   と質問するようになりました。


          以前は決して言わなかった事 



朝食は、お泊り利用の「フェアー」で、 昼食、夕食は、我が家。

嚥下も問題なく、好き嫌いも云わない、食欲も旺盛な母は、いつも完食。


ごくたまに、量が多すぎ気味の時でも、 

やはり昔の人だからでしょうか、
食べ物を大切に扱い(?!)、
農家の人に悪いと思うのでしょうか、
食事を作ってくれる人に悪いと思うからでしょうか、
残しません。

           十分な食事量なのですが・・・・




           満腹の時に、それを言われた時、
                 私は一瞬、ギョッ となりました。




以前、
   「お母さん、そろそろお腹空いたでしょう?」と聞くと

   「う~ん、そうでもないわ。」 
           と一瞬考えてから、答えているものでした。

自分からお腹が空いた、とか、何か食べたいと 訴えた事のない母でした。



昨日も、
それを言われて、みかんを出しました。

   「あらぁ~甘い事、美味しい事」

食した後すぐに、

   「みかん、おいしかったねぇ~」 と私。

   「あらッ、私は全然食べてないわよッ」 と母。

   「ほら、これ、むいたみかんの皮よ。」

   「そんなの、私食べてないわよッ」


以前は
   「美味しかったね」 と言うと

   「ホント、美味しかったね」
            と、食した後の 自覚はありました。




食行動の異常に関しては、

昔、入居施設にいた頃、
母には多食、過食はありませんでしたが、

   食べ物でない物を食べる 異食 の傾向がありました。


入居施設から引き取った時、

       醤油差し口から直接飲もうとし、
           ・
       液体洗濯洗剤を飲もうとし、
              (以前の施設でそれをやらかし、九死に一生の母・・・怖ろしかった)      
           ・
       消しゴムを食べようとし、
           ・
           ・
           ・
それら、異食行動は、注意深く見守り、気をつけることで
今は全く問題ありません。 消失しております。



そもそも、認知症における進行を出来るだけ抑え、
機能を維持し、改善する。

特に不安を払拭する事で、いろいろ改善が見られる中、

      今や、異食ではなく、過食傾向が現れてきている・・・・の・・ゥ・・・?!???



    母の頭の中で、 
         
       満腹感を担う 神経細胞が やられ始めている
                  
        
                    のでしょうか・・・・





摂取総量に気をつけながら、母の意向に添うしかありません。 様子見、経過観察中。

                       今日はカロリーなしのトコロテンです。




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やってきました、おせちの頃。

               師走に 入って



いつもの、毎月のカレンダーをめくる感じと違い、
師走を迎えたカレンダーの時は、

一年が過ぎ去ろうとし、もうすぐ新しい年を迎えるのだという
                      迫りくる、妙な(?!)感慨。


一人暮らしの時と違い、
母との生活は、いろいろな意味での変化があります。


今年と去年の正月、本格的に、おせち料理を作りました。

ウ~ン十年と生きてきて、生まれて初めてだったですわい。

独身1人暮らしで
自分用に本格的に作って、お重におせち料理を詰めて、
正月にひとりで食べる.
 
なぁ~んて,
ありえません・・・・想像しただけで 侘しい ・・つうか・・


いつもは大体、毎年恒例の、
蟹  を含めた刺身を買い、
作るとしたら、紅白なますと煮物くらい。
日本酒かワインでの、ひとり年越し  

正月休みは、ただひたすら ダラリ ダラダラ と過ごして、休養の時。



だったのですが、

        母を抱えての 私の決まり事のひとつに
                   母との生活で 季節感を出す事。


        それはすなわち、もし母が認知症でなければ、
                   母がやっていたであろう事を やる事でもあります




おせち料理は歳神様をお迎えするものであり、
           そして家族のためのものということで・・・・


但し、私の場合、とにかく時間がありません。
12月は飲食店も稼ぎ時でありの毎日の疲れも・・・の中、

買い物、下準備、下ごしらえ・・・・の段取り。
本を睨みながら、
結構、悪戦苦闘(?!)
       人生、初めての挑戦 つうか経験ですから。


本格的にまずダシを採りィ~・・・の、

「きょうの料理」で、‘冷凍してラクラクおせち‘を見つけ、
冷凍できるものは冷凍でもいっかと、
それも活用しながらァ~・・・の、

            段取りのスケジュール決めて、1週間かけて、作りましたよォ~ 


鯛の昆布じめが、冷凍OKとは、知りませんでした。
それ以来、結構、普段でも作っちゃいます。


             母と一緒に食す


お正月の意味は、もう、わからんちんの母ですが、

私が作ったおせち料理だぞぉ~、
    でも、お母さんが作ったおせちの方が、おいしいけどね。


と、私に声かけられながらの母は

あらぁ~せんせ様作ったのぉ~すごいねぇ~
                    と、声を上げてくれまして、


          作った甲斐あり!!!の私でした。



美味しい、美味しい、綺麗な料理」 と連発。
            お雑煮も美味しそうに・・・お餅、そんなにすきだったんだぁ~・・・



私が幼い頃の、大晦日、

母が ワサワサ、バタバタ と忙しそうにおせちを作っている時、

子供心に
「一年が終わるんだァ~ そして新年お正月がくるんだァ~」
と思った、妙なワクワク感を

     母も、     
        わからなくても、
            もしかして感じてくれればいい と思いつつ、

                今年の暮れも作りますッ! 



       お正月、それを食して 母と私の新しい年の始まり、あ、マーシャさんも
    


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 追記; 広島県尾道市生まれの平山郁夫画伯が亡くなりました。

     学徒動員で被爆体験のある画伯がおっしゃっていた事。


     「学徒動員での 広島の原爆で、私の周りの教師、学生200人以上が爆死しました。

         私は生き残りました。 
                 ・
                 ・
                 ・                

           人は困ったり、弱ったりします。その時、助ける。

             その時元気な人が助けてあげればいいのです。

                そうすると、戦争はなくなります」 


   日本画家としての業績も、文化遺産を残すという活動も素晴しいわけで、
   
   且つ、日本人が、世界に誇れる日本人のひとりでありますが、

   と同時に、

   被爆体験を原風景として生きてこられた、戦後日本の思想家のひとりでもあったのだ。
       
                 と、つくづく 私は思います。  合掌