Julia Kerry

認知症の母とレスキューされた老犬との日々・・・仕事。 

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7.介護家族ひとり

       介護・私の場合⑦

    ・
    ・
    ・

そしてhug.hug.hugで身体の接触を通して
安心感を植え付け、



次は会話の工夫

普段、家族とか親しい人は「あぁ、うん、そう、いいよ、・・・。」的に
会話
のやりとりが短いものです。
内容が理解納得できれば、あ・うんの呼吸で会話のやりとりが成立します。

認知症の人達は会話の中身が理解できていなかったり、
返された言葉が理解できない場合があります。

私は母との会話に必ずと言っていい位、最後に

「ありがとう(ございます)」
「助かります(たすかるわぁ)」
「悪いわねぇー」
「ありがたいわぁー」
「感謝してるわ」
・・・・・・・・
・・・・・・・・・と付け加えます。

最初の頃は意識して! しかも、かなり大げさに!
普通の人達との会話ではありえません、ここまでは、
という位。


お茶碗食器拭きを頼んで毎回「いいわよ」と答えた時、
「ありがとうねぇ、悪いわねぇ、」
途中で「助かるんだわぁ、二人でやるとアッという間に終わるし・・」

トイレの水を流したら「ありがとうね」

消灯のためのスイッチを押す事ができたら
「あらぁーやらせちゃって申し訳ない。ありがとうねぇ。」

洗濯物を畳んでいる最中の声掛けで
「悪いわねぇー、洗濯物やってくれるから助かるの。
手早いから、頼みやすいの、お母さんに。ありがとね。」

靴やスリッパをきちんと揃えてくれたら(母はこれが習慣)
「ていねいに、ありがとうございます。
ありがたいのよねー」

買い物に出掛ける時、
「一緒に行ってくれるの?!悪いわねぇー。助かるわァー。」
     ・
     ・
     ・
一つの行為、言葉に
お礼と感謝の言葉を加えて答える事で彼らは感じています。

まだ、出来るんだわ。
喜んでもらえるのだわ。
必要とされているんだわ。

人が他者から褒めてもらう、感謝される事で自己認識をする中、
何も出来なくなってきている、
だんだんわからなくなってきている
という感情が呼び起こす不安からは
かなり解き放つ事ができるとおもいます。



この感謝とお礼の言葉の付け加えは、
言葉の持つ力なのか
私まで穏やかぁーな気分にさせてくれます。

時には会話そのものが成立していなくても
母が内容より、「今、ここで、自分は問題ないのだ」と
感じていてくれたら、
それこそ問題なしです。




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6.介護家族ひとり

        介護・私の場合⑥


○ 「彼女は病気なの」という私の脳への徹底的な刷り込み。

 口角キュッで母に笑顔をいつも向けていられる訓練(!?)。

○ 母の施設生活で培われた、彼女の抑圧された物言いの変換。




次はhug.hug.hug   
        (Hug means) 抱きしめる、そばを離れない、寄り添う。


今の私はよく母を抱きしめます。

最初の頃は
母はびっくりもして、
ちょっと困惑もして、
照れちゃいもして・・・・・

大人になって日常的に抱きしめられる経験は
日本では一般常識的になかなかありませんから。

欧米では普段の日常生活の習慣。
友人同士男女関係なく、又、家族同士も同様。

    久しぶりに会ったら、hug、hug。    
    感動したら、hug、hug。     
    悲しかったら、hug、hug。
    何かあったら、hug、hug。
    すぐ、hug、hug。
    ・・・・、hug、hug。

向こうにいた時、これは私にとって大変心地よい経験でした。

この心地よい感覚は母にとっても心地よいはずだし、
これを利用しない手はないと
私も母に1日何回もしっかり hug、hug。

今日も「フェアー」からの帰宅直後、
「お帰りなさぁーい」と hug。
トイレに腰掛けている母を hug。
お茶碗食器拭きが終了して hug。
    ・
    ・
    ・
   
   hugッ

最初は驚き困惑していた母の、今や大のお気に入り。
すっかり慣れちゃっています。
私がギュッとすると、ギュッと抱きつき返してきます。


実はこれも、もの凄い効果なのです。
これが定着してから、不安感の激減なのです。

つまり、hugは 「そばを離れない」「寄り添う」という
まさしくその意味も含まれている通り、

母は私とのhugという身体的接触を通して
私が「そばを離れない」「寄り添う」という事を心の中で実感しているのです。

安心感



私達が、赤ん坊の時、幼い時の親からのhugは、心地よかったでしょう!?
あの感覚を 認知症の人達、傷ついた人達、老いた人達・・・に
使わない手はありません。

これは凄いです。
試してみてください。
相手がビックリし、困惑し、嫌がっても
めげずに何回も、何日も・・・・・!
それが日常の当たり前になるまでッ。


認知症の人への効果は絶大だけれど、
簡単なやり方なんだけれど、
問題はそれが日常的に身についていない日本人の感性と習慣。

うーん、慣れてないですもんねぇー

簡単>>>繰り返す>>>慣れるーーーーー>成果!

自分も相手も心地いいぞぉ・・・・

という私の経験のいいとこ取り、
     私の場合の介護つう事でした。



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5.介護家族ひとり

         介護・私の場合⑤


「そう、彼女は病気なの」と脳細胞に徹底的に自覚させ、

「あなたの笑顔が彼女を支えるのよ」てな風に
いつも、どこでも、どんなときでも、
心からの口角キュッの訓練も終了。
(1週間位でそれが当たり前、自然になりました。 結構早かった・・・?!)


次は言葉の使い方

母は秋田生まれで、北海道夕張市が長く(若い時は保健婦として、結婚生活も)、
但し、学校は東京で、且つ職業柄のせいか、
言葉に基本的に訛りがなく、礼儀正しい言葉使いが多いのです。

私が母を入居施設から引き取った当時、
隣の住人がベランダ越しに私と母の会話を聞いて
本当の親子とは思わなかったそうです。

引き取ったときは、母にとって、まだ入居施設の延長でしたから、
そりゃ、言葉使いもご丁寧。

最初の施設で、家族の支援が全くなし(私も含めて)
その後、次の施設(私が移動させた所)で
私の全面的保護支援保証があったものの、

長い間の施設での第三者との共同生活の中で
家族の全く支援のなかった最初の施設での
生き抜くための培った知恵(!)みたいな言葉使いはそのままでした。


「どうもありがとうございます。」

「申し訳ございません」

「何か悪いところあります?あったらおっしゃってくださいね。
気をつけますので。」


そして、なんでもないちょっとした失敗、誰でもやらかすような、
例えば拭いているお茶碗を落としただけで

「すみません、
 わかりませんでした、
 これから気をつけます、
 お許しください(ませ)。」


この4行を上から順番に、頭を下げながら目をつぶって繰り返す。

    ・
    ・この調子。 
    ・
    ・
別に何でもないし、何もしてないのにこの調子。

この4行をしっかり頭に入れてしまっていた母。
仰天したと同時に、あれは悲しかった、とても。
彼女の施設生活を物語っていて。


私は母に言いました。
お礼の言葉は必要(お互いに)だけれど、
「申し訳ありません」は言わないで、言わなくていいのよ。
自分の好きな事していいし、言いたい事言っていいから
気ぃ使わなくていいのよ。
あと、何も謝らなくていいのよ。
謝らないで下さいね。

勿論、私の言葉の意味は理解できないけど、
当時、何度もくりかえして母に伝えました。


という私が自宅に引きとった当時の生活から
今現在の日常会話は、家族の気使いなしのやりとり言葉。
誰が見ても親子にみえる言葉使い。
(母にとって私は娘ではなく、せんせ様おばちゃんなのだけれど・・)

たまにお茶目さんにもなっちゃって話し始めると
あらぁー訛るわ訛るわ、訛って、しゃべるんだゎ
秋田弁風?北海道弁!で。
おかげで私までおがさんと二人でしゃべってるど、
北海道弁のイントネーションになってる時あんのさ。

今はやっと認知症であっても、素の母


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4.介護家族ひとり

     介護・私の場合④


母を引き取る前後に、
声に出して自分の脳に語りかけ、
そして張り紙をはって視覚を通して、
「母はアルツハイマーなの。認知症なの。そういう病気なの。」
と徹底的!に 自分の脳細胞に刷り込み。



次は、笑顔。

独身一人生活の私は、
一人で自宅にいる時は、
笑顔を浮かべることはありえません。
ま、別に普通に真面目顔。

誰もいない部屋でひとりニコニコ、ニンマリ、ニタニタは

そりゃキ・モ・い!ぞッ。

但し、認知症の母と住むとなると話は別。
思考したり、記憶したりはできないけれど、
感じる心は、しっかり持っているから。
相手の表情と言葉の持つ真実味に非常に敏感です。

もし、相手の表情が厳しく時には眉間に皺さえもあれば、
認知症の人々の心はアッという間に、
不安と孤独の世界へ。
彼らを不安と孤独の世界から引っ張り出すためには、
そして行かせないためには、

口角がニッと上がった笑顔が まずッ第一。


つうことで、日常の真面目顔から
いつも常に母に向かって笑みをたたえるという方向転換で
自分の顔を鏡に映し出して見ながら練習。
ニッ とか キュッ
最初は自分が間抜けに見えましたです。はい。

貼り紙「あなた、口角上がってる?」も張って視覚を通して意識してみます。
チラッと見て 「やばッ、忘れてるぅ。」
           ↓
       キュッと口角上げる!


ある日、
ばさばさと本をめくっていた時に
「オッ、これは使えるかもッ」
本自体の評価は別として、使えるものとしてのいいとこ取りの応用編。

ほんの抜粋内容はこう。


背筋を伸ばして座って、胸を張り、腕を広げて、大きく深呼吸。
笑顔を作って、目を閉じて・・・・
感じるものは?・・自由・開放感・喜び・明るさと広がりーーなど。

今度は背中を丸めて座り、手をぎゅっと握り締め、呼吸を荒くして
眉間に皺を寄せてみて・・・・
感じるものは?・・不安・緊張・焦り・プレッシャーーーなど。


それをやってみましたッ。

笑顔を作っての時、
私が感じたのはおおらかな自分、あたたかさ、安心感。

眉間に皺の時は、
私が感じたのは、、怒りのエネルギー、暗黒の中での凝縮された孤独感。


そっかぁー、こんなに違うんだぁー、そういうことなんだぁー

表情や身体の持って行き方で、
心が感じるもはこんなにも違うと実感。
その実感で学習。


上記の二つをやってみてください。
一回だけ試す価値あり。の、おすすめです。
時間は1分もかかりませんから。
この実感はおもしろいです。

笑顔をつくるという身体性とそれを感じる脳が引き起こす心の安定感。

眉間に皺の、負のエネルギーより、
笑顔つくって感じてる正のエネルギーの方が
私にとっても、その笑顔を見る母にとっても正解。



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3.介護家族ひとり

     介護・私の場合③    


そう、彼女は病気なの


たとえば癌ではなく、たとえば心臓疾患ではなく、
たとえば先天的脳細胞の器質のダメージを受けた病気ではなく・・・

でも私の母は
全ての人間の身体的精神的に抱えるであろう可能性のある
いろいろの疾病の、その中の一つの病であり、
そして、その中の、何もわからなくなる、何も出来なくなる病なのです。

母も彼らも言う。
「助けてください。もう何もわからないの、もう何も出来ないの」と心の中で。



だんだんわからない、だんだんできない・・・
なにもわからない、なにもできない・・・もう・・・ 

でもそれをかんじてそれだけはわかるの・・・・
だから、
こわいの、ふあんなの、こどくなの・・・・たすけてください。


そして
「ありがとうございます」と心からそして心を込めていう人達。>



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2.介護家族ひとり

     介護・私の場合②


母を入居施設から引き取ると決断するまで、
ウーンウーンと唸りながら、
一番の問題は私という今まで作り上がっちゃった人格と性格が
介護を抱える事が出来るかどうかという事でした。

私は徹底的に本を読みました。

病気そのものに関する本。
介護および介護家族が書いた本。
そして脳科学の本。
しかも何度も何度も時には付箋を貼りながら。
(あんなに勉強した事、私の人生にあったかいなァ・・・)
     ・
    
     ・
     ・
そして徹底的に自分の脳細胞に

「母はアルツハイマーなの。認知症なの。そういう病気なの」
と刷り込みました

意識して自分の脳に声を出して語りかける、一日に何度も。
部屋の中、目に付く場所何箇所にもそれを書き出して張り紙をして、
視覚を通して脳に徹底的に意識させる、覚えさせる、認識させる。


そして母を自宅に引き取った時、
母の周辺状況の凄さに仰天しながらも、
「あ、これがあれかぁ・・そのまんまだわぁ・・・」
「ほよょょ・・・」「ありゃりゃりあ・・・」「ちょ、ちょ、ちょっとまてぇ・・・」
怒ってんだか、悲しんだかよくわからない感情が
お腹の辺りというか、胸の辺りから湧き上がった時、
母を引き取って以来、一枚だけ壁に張られた
「母はアルツハイマーなの。認知症なの。そういう病気なの」
張り紙が視界に入ってきて
私の脳が「彼女は認知症という病気なの!」と
私を引き戻してくれました。
(自分の脳の訓練の成果だゎ・・・・)


認知症の周辺状況の凄ざましさに
比較的短期間でな・れ・ま・し・た!!




引き取るという決断に覚悟が必要な中で
私がした努力。


ところがこの努力、結構簡単!
認知症の症状について、本に書かれたことをイメージしながら、
お風呂の中とか、トイレ中とか、
道歩いてる時とか、お茶碗洗いしながら、
時にはしっかり机に向かって、
気がついたら声に出して自分の脳に語りかけましたぁ。
シンプルに何度も徹底的に。
部屋に張り紙もしちゃいましたッ。
あ、トイレにも。

いつの間にか、脳が教えてくれている。私に。

「そう、彼女は病気なの」って。




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1.介護家族ひとり

    介護・私の場合①


要介護者および介護家族の置かれている状況は、
皆それぞれ千差万別全く違います。
一人介護家族もあり、家族持ち介護家族もあり、
施設入居もあれば、自宅介護もあります。
又、家族の中に他にも病を抱えた介護家族もおります。

もし、私が独身一人住まいでなく、
結婚してての自分の家族と同居してたら
その家族は母の介護を当然手伝うであろうし、
私は十分な睡眠を取れるにちがいない。
本を読む時間が少しは多くなるにちがいない。
友人と煩雑に会う事ができるにちがいない。
収入面も私一人の肩に掛からないにちがいない。

と思ってもしかたがない。
あぁー私独身でよかったぁー
もし、夫がいたら夫にも要介護家族がいたかもしれない。
すでに夫であろう人の両親或いは片親と同居している可能性も。
独身だから母の事と自分の事を考えるだけでよかったから
母を施設から引き取る決断が早かったのです。

姉も妹も母には一切全く関わらない非情の中で
もし姉と妹に母に対する思いやりと愛情が人並みにあったら
母はとても喜ぶにちがいない。

と思ってもしかたがない。
あぁーお母さん、
私が親の面倒をみられる、
そして親に産んで育ててくれた事を
まじ感謝できる娘に育ててくれてありがとうと思う中、
私っていいじゃんと思う。ずうずうしくも!
姉も妹もこの幸せを知らない。

私も年食ってよかったなぁー
もし私がまだ若く昔のように仕事に野心とエネルギーを
満々と持っていたら、
今の母を引き取ることはありえなかったです、絶対に。
母を施設に入れたまま、その施設のずさんさに目をつぶって
自分の仕事と生き方を最優先させていたことは確実です。
少しは年を重ねて大人になったとしたら、
こういう生き方、それもいいよ、出来るよと
それを教えてくれたのが
認知症になっちゃった母だと思ってしまいます。

どうしても引き受けざる得ない状況や
予期せぬ状況を抱えた時、
どう発想の転換をおこなうか・・・・

‘もし‘こうだったらの‘もし‘は、なしです。
認知症あるいは障害を持っている家族を抱えた介護家族が
それを思ったら介護は相当きつくなります。

発想の転換
これは向こうからやって来ません、だまっていても。
自分で意識する。
徹底的に意識する。
日常の中で。


私の場合、
「よかったぁー」とか「うーん、感謝感謝」とか「ありがとう」を
一日の流れの中で意識して(!)見つけます。

結構ありますよ、あるある・・・!

大丈夫だよ。
応援してますからね。

a・・・・・eさん。

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病気の進行

    やっぱり進行しているアルツハイマー病


昨日、「フェアー」でのお泊り時、ベッド下に排尿があり、
布団着衣の汚染はなく、下着を下ろしての排尿との事。

2年近く前に母を入居施設から引き取った時は、リハパンのおむつ着用で、
ちょっとでも目を離すと夜間などはベッドの上でパンツを下ろして排尿。
そんな状況を、月日をかけておむつから普通のパンツへ、
そして確実に尿意を訴えられる、
確実にトイレ誘導できる状況へ改善してきたのだけれど、
ちょっと後戻り(?!)かな・・・

入居施設から引き取った時は、両手引きの歩行介助、時には車椅子状態が、
今は手引きなしの一人でスタスタ歩行。

自力歩行が問題なしでも、
私はいつでもどこでも手を握って歩きます。
転倒予防と、私が母の手のぬくもりが好きだから。
ところがここ2,3ヶ月前から、
歩き方が前のめり気味、
足が逆ハの字型の着地、
握って歩く手の力の入れ方が強くなっていて、
私の手を支点に歩いている感じです。
歩行のしっかり感が失われつつあります。

時には饒舌におしゃべりをしますが、
言おうとしている事の言語が口からスムースに出て来ず、
言語表現能力の低下がみられます。
「うぅ・・」と詰まる。

掛け算と割り算の区別が付きにくくなりつつあります。

前頭葉機能の活性化を含めた脳機能の維持改善を重ねて
不安・不穏・孤独を取り除く事により、
周辺状況の劇的な改善が見られている中で

病そのものの進行は私にはどうしようもありません・・・。

母とのこの穏やかな日々が送れる事だけでも
良しとするしかないわけですなぁ・
・・・!



瑠璃ちゃん語録

   今日も今、私が記事更新書いてる横で計算ドリルの自習。

   「せんせ様、はち、く、70?」
   「違うかな・・72じゃないの?!」と私。

   「しち、引くしちは0だって。0ちゃんてかわいそう」と母。
   「何故、0ちゃん、かわいそうなの?」
   「だって0ちゃんて何もないんだよぅ。」と答えた母。



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仕事・お店

  時には介護の話で    

うちのお店は造りも表向きもいわゆるスナックです。
でも、私自身はジャズ超大好き派なので、お店のバックミュージックは、ジャズ


コルトレーンとかエリック・ドルフィーとかビル・エバンスなんかがかかっている。
私も時々、ジーパンとワイシャツとかで、お店にいるし・・・・

でも、お客さんはこっちで演歌、こっちで若い子達は今流行りの歌絶唱。
(カラオケが始まったら皆、それぞれ勝手にやってます)
演歌が歌い終わるとジャズが流れ、つぎに歌謡曲そして又ジャズが流れ・・・

先日、ジャズ好きのお客さんが来たとき、
他にお客さんがいなかったので、
二人でジャズのCDを爆音にして聞いていました。


その後、何故かお客さんが入りません。

ジャズ好きのお客さんが帰った後、
入ってきたお客さんに言われちゃいました。

「ママ、あそこまで大音響でジャズが流れていると
まるでジャズハウスみたいでお店に入りにくいよ。」


アチャーーッ   と私。

全然、気が付かなかった・・・  そう、表向きはスナックだぁ・・・!

うちのお客さんは、カラオケもやるけど、
基本的に私とおしゃべりするのが大好きです。

家族家庭の事、会社仕事の事、彼氏彼女の事・・・・・etc.
いい事も悪い事も含めて誰かに聞いてもらいたい。
今日ニュースで報道された事、最近の出来事・・・・・etc.
自分の意見を言ってみたい、聞いてもらいたい。

人は誰かに話を聞いてもらうだけで、ストレスを軽減できます。
楽しい事は倍増するし、聞いてもらうと。


最近は私が母を抱えている事を知っているので、
ご自分の56歳の娘さんが脳梗塞で倒れられた、79歳のおばあさんが、
そしてグループホームに勤務している若い女性が、
又、ご主人に気を使いながら、自分の親を引き取った介護家族が、
話をしにいらしゃる。

私といろいろおしゃべりして、意見交換して、カラオケでも歌って、
少しでもストレス軽減、気分転換になってくれればと思っている私です。

介護の話を暗いと思うお客さんや真面目な話が暗いと思うお客さんは、
うちのお店には似合わない。
訳もなく蝶よ花よと持ち上げない、
お世辞も愛嬌もないお店で
それがないのが気に入らなければ
自分に合った他のお店へどうぞ式のお店だからかなぁ・・・・



そう、だから貧乏スナックなのぉ・・・・・




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眠る、爆睡

   眠りました、私。  甘えました、私。

母との生活が母の周辺状況の改善に伴い
穏やかで落ち着いた当たり前の生活となっている中で
唯一問題点となっているのが、私の睡眠不足。

殆どいつも毎日夕方、母を「フェアー」に送った後は私はそのままお店のお仕事。
仕事が終わってマーシャさんとベッドに入るのが早朝4時過ぎ。
起床してお昼前に母を「フェアー」にお迎え。
その後はずーっと母と一緒。

母と一緒でない時は自宅での英語教室。
そして合い間と隙間をぬって掃除とかたずけ。
諸事細かい事の処理。

という生活のくりかえし
    ・
    ・
    ・
母はお昼寝をしない。

毎日「ベッドに横になろうか」と本人から言いますが
それは私が大好きなリンパマッサージをしてくれるからであり、
二人で横になりながら、体をぴったりくっつけて手を握りあって
おしゃべりするのが大好きだから。
一緒に童謡やら小学校唱歌を歌うのが大好きだから。


「お母さん、眠らなくていいの!?」
と、横になったら瞼が物凄い重量で覆いかぶさり始める私。
「今眠ると夜眠れなくなるから眠らないの」
ときっぱり!!

そうですよねぇー、今日も!お昼寝はしないんですよねぇー。

「せんせ様も眠っちゃダメよ、夜、眠れなくなるから」
そして母はずーっと同じ内容を繰り返しながらのおしゃべり。




今日、英語教室の生徒のかおるさんが来ました。

お盆の帰省で長崎県に帰った時のお土産を携えて。
長崎カステラ、これは母のため、そして明太子(私の大好物)!
授業は水曜日なので、お土産のために来てくださった。

「先生、つかれてます?」と私の顔を見ながらかおるさん。
「エッ、別にそんなことはないですけどぉ・・・」

(授業の時とちがうかなぁ・・・
まだ眉毛書いてないから、ふ抜けた麻呂顔・・・もしかして?!)


突然、
「先生、私、おばあちゃん見てますから横になって寝てください」とかおるさん。
(エェーッ私の顔、そんなにひどい!の?)


かおるさんはおばあちゃん子で、

何度か母と会った時もうちの母にいつも穏やかに接してくれて
母が同じ話をしてもニコニコしながら聞いてくれて
母も大好き、毎回大好き(前回会った事は忘れているので
毎回母にとっては初対面の人なのですが。)

ウゥ・・--ン、唸る私。
かおるさんに申し訳ないような・・・
そんな事をやってもらっていいのぉ・・・

      ・
      ・
      ・ 
結論;もし私とかおるさんの立場が逆だったら私もかおるさんと同じ事を
    するだろう。
    ここはかおるさんに甘えよう、お願いしよう。しか、ないッ!


つうことで2時間眠りました。
悪いなァ申し訳ないなァと思いつつ、横になった途端、
大大爆睡でしたッッ・・・私。

起床してスッキリ・・・・・・・!!!!   そりゃそうだ。

ありがとうございます、かおるさん。

ペコリ (頭を深ーくさげてる音) 



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まずトイレ

久しぶりの「大がしたい」コール。


最近の母は、我が家では周辺症状がすっかり落ち着いています。

以前は「フェアー」からの帰宅後、まずお家ですることがト・イ・レ
どこから帰ってもまずト・イ・レ
不安が頭をもたげると街中であろうと出先であろうとまずト・イ・レ

それがここ最近ずーっとそれがなくなって
「お母さん、トイレは?」と聞くと
「さっき行ったからまだいいわ」
ぇえーッ、まじですかッ、その返事!)
目がぱちぱち、内心にっこりの私。


だったのが、昨日「フェアー」からの帰宅後、始まりました。
「大がしたい」コールが。
何度かのトイレ通いで排泄は十分なのに、それでもコールがおさまらない。
大好きな洗濯物畳みの最中も中断して、
超!超!大好き、足のリンパマッサージの最中を中断してでも
「トイレ行く」コール。
もう、出ないのに・・・・・。

一体どうしたんだろう、何があったんだろう。
久しぶりのあわただしさ・・・でした。
今日は全然問題なし・・・・!ホッ。




だいぶ以前、母と近くのスーパーへ向かって歩いていた時の事。
途中で「トイレ行きたい」コールが始まりました。

その日の夜、お店でお客さんが言いました。
「ジュリアママ、大変なんだねー苦労してるんだねー」
「どうしてですか?」と私。
「いやぁー、ママ、おばあちゃんを連れて、今日の午後、
なんかとても暗そうに歩いていたから・・・」


アハハーあの時かぁー
違う違うッ、
全然ちゃうちゃうチャウチャウ犬

(チャウチャウ犬は中国原産)

あの時の私は、母のトイレコールに対して
「ここでお家に戻るべきか、このままスーパーに向かうべきか」
「戻ると振り出しだし、スーパーまでご機嫌もつか・・」等と
自分の脳細胞と相談中だったわけ。
多分、真面目そうな顔つきで。

その姿が暗ーく写っていたとしたら、
おやまぁ、わたしったら・・・・・・!

介護は大変、辛い、苦しい、だから暗いという先入観があるからねぇー、
でした。



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脳外科へ

水曜日、脳外科へ行って来ました。

いつも母の診察で母同伴なのですが、
母同伴だとどうしても診察中心で中々先生と話し合いを持ち難く、
今回、母は「フェアー」に預けて私一人で行って来ました。
十分に時間を取って先生の説明を改めてお聞きしました。

勿論、確実に病気が進行している事の確認。
近い将来、追視が出来なくなり、無動となって寝たきりになるであろう事の確認。
血液検査上の問題はなく、食事内容も現状維持で問題なし。
生活もそのまま現状維持。

「私に他に母に出来る事はないでしょうか?!」
わかっていても、あえて聞いてしまう私。
       ・
       ・
       ・
病院を後にして、街中で買い物。

母と出かける買い物も好きですが、
どうしても一緒だとゆっくり見たり吟味したりは出来ません。
目的の売り場へ、何を買うか決めていて、いざ直行てな感じですが、
その日はゆっくりの自分のペースでの買い物でした。

その後、パスタのランチでいつものお店へ。
でも、なんか変でしたぁー。
いつも日中は母と一緒。
何するにも基本的に一緒にいるから、一人でパスタ食べながら
「お母さん、今頃何してるかなぁー」と頭から離れません。


母と一緒が当たり前になっている私でした・・・


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いぬという命

この感覚は一体何なのだろう・・・!
        その悲惨さに吐き気が伴う怒りというか,  悲しみ というか・・・・



昨日NHKで告発に近い報道がありました。
(「クローズアップ現代」 タイトル;ペットが泣いている。激安犬)
目を覆いたくなるような映像もありました。

需要の驚異的な高まりの中でペットを量産する業者。
ペットブームにあやかって、可愛いからという理由で犬猫を購入し、
飼いきれなくなれば自分のの都合で保健所に持っていく飼い主。
当然、自分の飼っていた生き物である犬が殺処分されるのを知っていて・・!


ペット製造業者は繁殖家(ブリーダー)とはちがいます。


ブリーダーとは、厳格!にいうと
一つの犬種に対してその犬種自体が固有として持っている
特性たとえば狩猟能力とか作業能力とか
愛玩犬としての特性とか諸々を作出目的として、
種として確立された犬種の特性を守り維持するために
その犬種の原産国がどこであろうとその犬種の歴史をふまえて
繁殖する人々の事です。

その為にはヨーロッパ(FCI)とアメリカ(AKC)の若干の違いがあるものの
その犬種保存維持のための厳格なスタンダード(犬種標準)があります。
ダックスフンドのブリーダーしかり、秋田犬の繁殖家しかり・・・
そのスタンダードに基ずいてその犬種独自の、
犬としての猟性および体型的特性を維持してきました。
だからダックスはダックス。
チワワはチワワ。
秋田犬は秋田犬。
今、アメリカでは秋田犬はアキタとして15年ほど前から人気犬種です。
但し、日本のようなペット製造業者はおりません。

同一犬種だから、かけあわせて子犬を産ませて、
商品として金をもうける製造業者とは、明らかに違います。
子犬を、何度か掛け合わせて産ませただけで、
自称ブリーダーを名乗る輩とは、明らかに違います。

ペットブームの大需要の中で生き物を商品として量産。
繁殖用メス犬を台牝と呼びますが、
毎回シーズン(繁殖時期)が来るたびに
交配されて出産させられて・・・

子犬という商品を産めなくなったら、殺処分を含めた廃棄される
商品としての台牝たち。

あぁー許せない!!!!


あの映像の、犬舎というより檻に入れられた台牝たちは
お外で太陽を浴びて散歩したり運動したり遊んだり、
そして人間から愛情ある言葉なんて掛けてもらった事なんて
絶対ないはず!
いぬを飼っている人なら、あの犬たちの健康状態、栄養状態の悲惨さに
気がついたはず。
愕然とした思いだったと思います。

その中で、福岡県の保健所で殺処分される犬の数が
職員の命の大切さに対する説得により、
10分の1に減った事。
全身皮膚病と衰弱死寸前のシーズー犬がボランティアによって救出された事。

この同じ、犬にかかわる中での人間性の格差は何なんだろう・・・・


子犬は可愛い。
純粋犬種もミックス犬もみぃーんな可愛い!
でも日本では子犬の売れ頃が45日から60日までと言われています。
可愛いから。
でもこれって購買者のニーズ。
可愛いからって日本人は犬をTOY(おもちゃ)と勘違いしているような気がします。
成長すると子犬的可愛さはなくなります。
おもちゃは飽きます、ときには。
そして捨てられます。

犬は捨てられるべきおもちゃではありません。

6月15日付きの私の記事の後半部分、読んでください。


今私の膝の上にいるマーシャ。
と同じ時に保健所で殺処分されている犬たち・・・・年間10万匹・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!

追記;ドイツ人の友人が言ってました。
    ドイツではお年寄りが老人ホームに入る時、
    ずーッと長い間一緒に暮らしてきた犬も入居できるのだそうです。


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その後の顛末

あなたが噛んだ小指が痛いィー の顛末

あたしはいぬのマーシャです。こんにちわ。

うちのママは、小指を噛んだ友人に電話した。
彼女もかなりの、打撲によるダメージを受けてるはずだからと心配で。
青タン赤タンあちこちだそうで、しかし、いつもどうり元気。
はい、彼氏と仲直りもし、とってもぉ、元気でしたぁ。

ママはママの小指の件をお話した。
彼女は全然覚えていませんでしたぁ!

酔ってたからねェ・・・!

ママはお説教。
「うちのお店だから良かったけど、他店だったら警察沙汰よ」
「偶然の出会いが必然となったのだから、別れが来るまで別れ話は
しないように。」
     ・
     ・
     ・
そして、最後に「女に暴力をふるう男には十分に気ぃつけるように!」

ママの小指はパツパツのハリ感はとりあえず治まり、
少しは曲がるようになって、日常生活に支障はなくなりつつあります。
恐れていた骨折の疑いは晴れました、ホッ。


でも、ママは改めて実感した。
認知症の瑠璃ちゃんおばあちゃんを抱えて、
本当に怪我と病気にはなれないなぁーって。

小指一本でこんなに行動や活動が妨げられるなんて、
おばあちゃんの着替えひとつでさえ、
イダダダ痛ィーッでした。



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あたしはいぬのマーシャです⑥

あなたが噛んだ小指が痛い、ゆうべの夜の小指が痛い・・・   by 伊東ゆかり


あたしはいぬのマーシャです。こんにちわ。

土曜日の夜、ジュリアママのお店でその事件は起きました。

ママの友人が彼氏とママのお店に来たのだけれど、
そのうち二人は「別れる、別れない」の口論が始まっちゃって・・・・
ま、ママは、慣れが生じてきたカップルによくある痴話ゲンカと思っていたけど、
な、なんとそのうち、取っ組み合いの乱闘(?!)に発展。
ママは「まずッ」と思って、止めに入って・・・・


問題の場面。(瞬間の出来事)
彼氏が本気で彼女を殴ろうとしたので、ママは彼女の顔をかばおうとして、
瞬間的!に右手で彼女の顔を覆ったの。
彼氏のパンチが飛んでくるのと同時に、
パニクっていた彼女は同時に瞬間的!に
ママの右手小指をがっつり噛んでおりました。
     ・
     ・
     ・
なんとか乱闘は終了し、二人は仲直り(!?)をして無事、帰宅。
ママの小指は第二関節あたりがパックリ裂けており・・・そして血も滲み・・・
あー噛み切られなくてよかったぁ・・・と、うちのママ。


翌朝、ママはベッドの中で右手がぱッーんと張った熱感で目が覚めましたぁ。
右手を見てママはびっくり仰天。
なんと小指が親指と同じ大きさに成長してましたーぁ。
全然小指が曲がりませんッ。
直立不動のままのママの小指。

熱感とパンパンの張り感としびれと痛み。

ママは何をするにも小指を立たせたまま、つうか立ったまま
まるでオカマさん状態。
イダダダァ痛いッと動作も緩慢。

瑠璃ちゃんおばあちゃんをヘアーカットに連れて行く予定でしたが、
美容院の予約をキャンセル。



あなたが噛んだ小指が痛いぃ・・ゆうべの夜の小指が痛いぃ・・
つうことでしたぁ・・・!


瑠璃ちゃん語録

     最近ママはお店に浴衣出勤。
     下駄を履くので足の爪にマニュキュアをした。
     トイレ介助の時、それを見た瑠璃ちゃんおばあちゃんは
     「あらぁーせんせ様、足痛くないのぉ?」
     「痛くないよ、どうして?」とママ。
     「足から血が出ているわよぉ」と
     ママの足の爪の赤いマニュキュアを見て・・・・・・瑠璃ちゃんおばあちゃん。



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