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Julia Kerry

認知症の母とレスキューされた老犬との日々・・・仕事。 

07月« 2019年08月 /  12345678910111213141516171819202122232425262728293031»09月
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認知症の人の詩

               
                   認知症の人の詩


思い出すように言わないで
理解できるように試さないで
休みが欲しい、
あなたが一緒にいることを教えて
頬に口付け、そして手を握って

私は、あなたが思っている以上に混乱し
私は、悲しく、病んで、戸惑ってる
ただ私は必要なのあなた
なにがあっても私と居て

私に我慢して
しかったり、罵ったり、泣いたりしないで
私がしていることはわたしにはどうしようもないの
私が試しても別なようにはできないの

あなたを必要としていることを忘れないで
私の最もよいことがなくなったことを知って
私のそばに立っていて
そして私が死ぬまで私を愛してください。

                        (作者不明)





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いろいろの国

北欧のやり方が、素晴しいとか、
デンマーク方式は、お手本になるとか、
今、オーストラリアは、こう変わったといっても
(いつも言っている私ですが・・)

結局は しょうがないのです。

そういう意味での
日本も、こうあるべきは幻想なのです。


何故なら、
福祉・介護、医療、教育の恩恵を受けるための
かの国の税金の高さは、
この国とは、比べものにならない・・・! 高い!
この出発点からの違い。

多額の税を払っても、最終的に恩恵を受けるという
国民、社会の意識が違います。

先日、スウェーデンの自動車メーカー 
ボルボのリストラが始まり、
解雇された従業員が、自分の子供を抱きながら
インタビューに答えていました。

「解雇はショックです。・・・
でも、高いけど税金は、
絶対(絶対にと、これがつきました)に 払いますね。
福祉・介護、医療、教育つまり子供のためでもありますから」
(ま、失業手当がこれまた十分というのもありますが・・・)


日本では、介護職の若い男の子が言われたそうです。

「介護職やってると、なかなか結婚できないぞ。
子供作るなんて、もっと無理。
給料みてみろよ」

きつくて、汚くて、くさくて~・・・・
・・・・重労働の介護現場で
お年寄り達の為に、介護にあたる職の人達の給料の低さが
結婚適齢期に入った(年齢は個人差だけど)
成人男性の平均的結婚も阻んでる?!

給料って正当な労働に対する、社会的評価も含まれているはずです。
この職業に対する評価、低すぎますよねぇ。
(他の欧米先進国に比べてですけど。
でも日本も確か、先進国のはず・・・・??)

今度の政権で4万円アップ?!
結婚できるかしら、この額で?!
介護現場の雇用増える?!


私は、認知症の母のために、
読んだり、聞いたり、調べたりして、ひたすら情報を集めて
母にとって、これはいいゾ、
私にとって使えるゾというのを
いいとこ取りでやっているのですが、
いろいろ学ぶ中で

国民も行政も社会の問題意識も
成熟している欧米諸国と比べると
ガックリ感も大きい・・・・・・・時には、すごぉーく大きい・・・・


でも、無知は悲劇を引き起こしかねないから、
学ぶしかないわけです。

いい事をお手本として、進まなければならないのです。



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5.介護家族ひとり

         介護・私の場合⑤


「そう、彼女は病気なの」と脳細胞に徹底的に自覚させ、

「あなたの笑顔が彼女を支えるのよ」てな風に
いつも、どこでも、どんなときでも、
心からの口角キュッの訓練も終了。
(1週間位でそれが当たり前、自然になりました。 結構早かった・・・?!)


次は言葉の使い方

母は秋田生まれで、北海道夕張市が長く(若い時は保健婦として、結婚生活も)、
但し、学校は東京で、且つ職業柄のせいか、
言葉に基本的に訛りがなく、礼儀正しい言葉使いが多いのです。

私が母を入居施設から引き取った当時、
隣の住人がベランダ越しに私と母の会話を聞いて
本当の親子とは思わなかったそうです。

引き取ったときは、母にとって、まだ入居施設の延長でしたから、
そりゃ、言葉使いもご丁寧。

最初の施設で、家族の支援が全くなし(私も含めて)
その後、次の施設(私が移動させた所)で
私の全面的保護支援保証があったものの、

長い間の施設での第三者との共同生活の中で
家族の全く支援のなかった最初の施設での
生き抜くための培った知恵(!)みたいな言葉使いはそのままでした。


「どうもありがとうございます。」

「申し訳ございません」

「何か悪いところあります?あったらおっしゃってくださいね。
気をつけますので。」


そして、なんでもないちょっとした失敗、誰でもやらかすような、
例えば拭いているお茶碗を落としただけで

「すみません、
 わかりませんでした、
 これから気をつけます、
 お許しください(ませ)。」


この4行を上から順番に、頭を下げながら目をつぶって繰り返す。

    ・
    ・この調子。 
    ・
    ・
別に何でもないし、何もしてないのにこの調子。

この4行をしっかり頭に入れてしまっていた母。
仰天したと同時に、あれは悲しかった、とても。
彼女の施設生活を物語っていて。


私は母に言いました。
お礼の言葉は必要(お互いに)だけれど、
「申し訳ありません」は言わないで、言わなくていいのよ。
自分の好きな事していいし、言いたい事言っていいから
気ぃ使わなくていいのよ。
あと、何も謝らなくていいのよ。
謝らないで下さいね。

勿論、私の言葉の意味は理解できないけど、
当時、何度もくりかえして母に伝えました。


という私が自宅に引きとった当時の生活から
今現在の日常会話は、家族の気使いなしのやりとり言葉。
誰が見ても親子にみえる言葉使い。
(母にとって私は娘ではなく、せんせ様おばちゃんなのだけれど・・)

たまにお茶目さんにもなっちゃって話し始めると
あらぁー訛るわ訛るわ、訛って、しゃべるんだゎ
秋田弁風?北海道弁!で。
おかげで私までおがさんと二人でしゃべってるど、
北海道弁のイントネーションになってる時あんのさ。

今はやっと認知症であっても、素の母


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1.介護家族ひとり

    介護・私の場合①


要介護者および介護家族の置かれている状況は、
皆それぞれ千差万別全く違います。
一人介護家族もあり、家族持ち介護家族もあり、
施設入居もあれば、自宅介護もあります。
又、家族の中に他にも病を抱えた介護家族もおります。

もし、私が独身一人住まいでなく、
結婚してての自分の家族と同居してたら
その家族は母の介護を当然手伝うであろうし、
私は十分な睡眠を取れるにちがいない。
本を読む時間が少しは多くなるにちがいない。
友人と煩雑に会う事ができるにちがいない。
収入面も私一人の肩に掛からないにちがいない。

と思ってもしかたがない。
あぁー私独身でよかったぁー
もし、夫がいたら夫にも要介護家族がいたかもしれない。
すでに夫であろう人の両親或いは片親と同居している可能性も。
独身だから母の事と自分の事を考えるだけでよかったから
母を施設から引き取る決断が早かったのです。

姉も妹も母には一切全く関わらない非情の中で
もし姉と妹に母に対する思いやりと愛情が人並みにあったら
母はとても喜ぶにちがいない。

と思ってもしかたがない。
あぁーお母さん、
私が親の面倒をみられる、
そして親に産んで育ててくれた事を
まじ感謝できる娘に育ててくれてありがとうと思う中、
私っていいじゃんと思う。ずうずうしくも!
姉も妹もこの幸せを知らない。

私も年食ってよかったなぁー
もし私がまだ若く昔のように仕事に野心とエネルギーを
満々と持っていたら、
今の母を引き取ることはありえなかったです、絶対に。
母を施設に入れたまま、その施設のずさんさに目をつぶって
自分の仕事と生き方を最優先させていたことは確実です。
少しは年を重ねて大人になったとしたら、
こういう生き方、それもいいよ、出来るよと
それを教えてくれたのが
認知症になっちゃった母だと思ってしまいます。

どうしても引き受けざる得ない状況や
予期せぬ状況を抱えた時、
どう発想の転換をおこなうか・・・・

‘もし‘こうだったらの‘もし‘は、なしです。
認知症あるいは障害を持っている家族を抱えた介護家族が
それを思ったら介護は相当きつくなります。

発想の転換
これは向こうからやって来ません、だまっていても。
自分で意識する。
徹底的に意識する。
日常の中で。


私の場合、
「よかったぁー」とか「うーん、感謝感謝」とか「ありがとう」を
一日の流れの中で意識して(!)見つけます。

結構ありますよ、あるある・・・!

大丈夫だよ。
応援してますからね。

a・・・・・eさん。

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介護の原点・車椅子

昨日NHK「ためしてガッテン」で寝返りや車椅子への移動等を
いかに介助者の負担をなくすかの方法をテーマに
介護特集をやっておりました。
二組のご夫婦が登場されたのですが、
介護なしでは動けない寝たきりの要介護者が
それぞれの夫、あるいは妻に頼る中で当たり前の事として介護にあたる家族。

介護される人と介護する人、二人の幸せと希望。

いやぁー良かった本当に良かったですよぅ

91歳のご主人が寝たきりの87歳の妻のために、
車椅子に乗せて一緒に出かけたいという思いと希望が


「花が咲いたら花をみせてあげたいですよ」
「木の実がなったら木の実をみせたいですよ」


と語られていて・・・

この人間としての極めて普通ではあるけれども、思いやりそのものの言葉に
ほんとにグーッと来てしまいました。

ご主人は車椅子に移動させる為のコツは覚えたのですが、
結局、寝たきりの奥様は、長い間の寝たきりで足が硬直して膝が曲がらず
いましばらくは硬直した足にマッサージ等のリハビリが必要となって、
車椅子に乗れないのです。
今度は、車椅子に座らせるためのご主人による毎日のマッサージが始まり、
3ヶ月経った今は動かなかった足がベッドの上で十分動くまでに
回復。

あともう少ししたら、車椅子を押してご主人が車椅子に乗った奥様と
外で花を愛でたり、木の実を手にしたりするのだと想像すると、
私まで幸せな気分。

介護する側とされる側の思いやりと目標。そして希望。
こんなのを見ると私までいっぱい幸せを頂きます。
多くの人達は幸せをもらったはず、多分。

もしかして次回同じテーマで特集組むとしたら、このご夫婦が再登場するかも。
二人で外にいる姿をみたいなぁー。
多くの人達も同じ思い、多分。


この放映を見てたとき、私は自分のお店に居たのですが、
「この放映が終わるまで、お客はまだ来なくていいからねッ!」
思わず心で言っちゃっておりましたね。
ちなみに昨、水曜日は定休日をお客の要請で臨時開店しておりました。




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母の白髪染め

やっと、やりました。
母の白髪染め。

この間、予期せぬゴタゴタが生じて、睡眠不足とそれから来る
身体的疲労感で、予定が何も出来ずまい。
母の白髪染めもそのひとつ。

以前は美容院でやってもらっていたのだけれど、
認知症の進行と共に、あの染めた後の数十分のじーっと染め上がるの待つ時間が
もう無理なわけで、二年前が白髪染めでの美容院は最後でした。
但し、ヘアーカットは美容師さんと私の声かけで、いまのところはクリアー。

美容院での最後の時。

染め上がるのを待っていた時、「かゆい」と始まり、頭に巻いたタオルを引き剥がして
頭をかきむしり、なだめても説得しても、全く無理ッで、
母の手も洋服もみごとに黒く染まってしまいましたぁ・・・
あ、顔も。

手と洋服と顔じゃなくて、髪の毛染めに行ったんだけどぉ・・・・・!

以来、私が染めます。
染め上がるのを待ちながら、「お母さん、どっか痒くない?」
「この辺ちょっと痒い」と母。
櫛の先端でチョリチョリとかいてあげる。
「あ、そこそこ」と母。
つうことで
我が家での白髪染めをクリアー。


瑠璃ちゃん語録
     染め上がった後、
     「白髪なくなって若くなったねぇー」と私。
     「あら、昔から白髪ないわよ」と母。



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ボランティア

今日はお昼過ぎから快晴。

母を定刻どうり、「フェアー」にお迎えに行き、
その後そのまま、お家に戻らずお外で外食へ出かけました。
暑い時期だけど、日光浴と運動をかねて、気ィつけながら・・・


というのは、昨日お店に入る前にスーパーで買い物した
今日の昼食と夕食用食材を、お店の冷蔵庫に置き忘れたため。
別の食材、例えば母用のおやつとかポカリスェットとか小麦粉とか
入った袋は持って帰ってきたのだけど・・・・・・トホホ・・・・

きょうお昼はスィートバジルが十分に育ったので
バジルスパゲッティの予定でした。

スパゲッティもお店でして・・・・トホホ



母が通っている「フェアー」でボランティアによるミニコンサート。

今、母が通っている「フェアー」で、以前、管理者兼ケアマネによる
ものみの塔(エホバの証人)の機関紙が
全家族およびスタッフへ配布されての情宣、および勧誘があり、
それに対して、宗教の情宣および勧誘は2度とやらせないという
約束事と詫び状を頂いた中で、
あえて!以前!あれだけ!もめた!その!宗教団体のボランティアの
コンサートを 又!行うとは、不可解。

ま、母は参加しませんけど。


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「宅老所」

昨晩、NHK教育TV20時「福祉ネット」で静岡県の宅老所を放映してました。
私はお店の定休日、母はお泊りなしでずっと二人と一頭で過ごす中、
母のお相手でじっくりは観ることが出来なかったのですが、
今回の内容は、通ってくるお年寄りの生育歴とか人生を
そこのスタッフが紙芝居を作成して上演するのを皆で見ているという
放送内容ですが、個々の笑いあり、感動の涙ありの紙芝居。

それぞれのお年寄りが過ごしてきた家庭とか家族とか仕事とかを
紙芝居上演というかたちで、しかも内容はそうかぁー静岡だぁーという
TVを観ている私達視聴者もわかる位の地域性を十分盛り込まれた内容でした。

お嫁さんをもらった時の話、お嫁さんにいった時の話、お茶畑の話、
林業に従事していた時の話、
少年の頃、カツオ漁に従事していてその時の硫黄島での漁の時、漁労長が
「おい、ここがお前のお父さんが戦死した場所だ」と海を指し示したという話。
辛かったり、苦労したり、そして楽しかったり、幸せだったり・・・・・

皆、どこどこ地区の誰べい、誰々さんで、この地方地域での生育であったり、
地域産業を担ってきた人達の紙芝居。

そこのお年寄り達が紙芝居を見ながら、個々の体験を共感共有しつつ、
時には地域の子供達がやってきて紙芝居を見ることで
今の日本を作り上げてきたお年寄り達の歴史と人生を知る機会を得て
その場を共有しておりました。

まさしく地域密着型介護の原点を見るような内容でした。

介護を通してお年寄りとスタッフがその場を共感共有共存している「宅老所」。
他の欧米諸国には見られない、地域地方共同体として
極めて日本的な素晴しい寄り合いの精神と理念が結実しているのが
「宅老所」なのですよねぇ。
以前、放映されていた九州の宅老所も根本的な精神と理念は
全く同様でした。

今、この宅老所をモデルとした「地域密着型少規模多機能型介護」施設が
増加しつつ、かつ次回の介護保険法の」改正により、施設介護から
在宅介護への移行を
「小規模多機能型介護」施設をモデルとして求めていく指針であろうとの中で
システムのみの取入ればかりでなくて、
極めて日本的かつ日本人的原点としてのこの寄り合いの精神と理念が、
如何に継続して生かされていくかも検討に十分必要な事だと思います。


私は介護が必要となったら、「宅老所」に行きたいーッです。
但し、近くにあったら・・・・・!ですけど。


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追記;小規模多機能型居宅介護 

  追記

今日前回のブログ上の間違い。
母のサービス利用料金は利用者負担1割で¥26、058ではなく、
今回の改正で¥26、314でした。
そして利用者負担1割で残り9割の¥236、823は国から支払われる事により
事業所は計¥263、137を受け取る事になります。


ここで今現在母が通っている「フェアー」のケアマネ兼管理者が
            露呈させた問題


下記の表は2008年7月10日付朝日新聞掲載の要介護度による給付金の
標準額
    (今回の改正によって数値の変動、上昇あります。)

    要介護1  11万4300円
    要介護2  16万3250円
    要介護3  23万2860円
    要介護4  25万5970円
    要介護5  28万1200円


小規模多機能型の場合、最も介護を必要としている人を最優先しつつ、
利用者のニーズに対応するよう定められているわけです。
しかしケアマネ兼管理者が利益の獲得を最優先させた場合、
上記の金額どうり(データとして若干古いけど、あくまで参考として)
利用優先を要介護1より要介護2、2より要介護4、とか5の方が
断然利益率が良いわけです。
しかも例えば週1,2回の利用でも全額給付で、週5回利用でも同じ。
ならば給付金額の多い介護度が高く、週の利用日数の少ない方が
利益率がきわめて高くなり、介護現場の負担が少なくもなるわけです。
いずれもし仮に母が私の仕事の都合で週5日から週3日になったとしても
事業所が受け取る給付金は全く同じ。


今現在のここのケアマネは露骨。

以前、母が週5日と最終決定したにも拘らず、私のニーズを無視して
平然と週4日を突然要求してくる。
「ジュリアさんの所ばかり、サービスを一杯やってあげる訳に行かないのです。
重度の人も入れないと。」
私の反論と拒否にあったら一言
「経営難で「フェアー」が潰れたら困るのはあなたでしょ。」

最初の頃、仕事の都合で緊急の預かりを要請したら、その日の利用定員数が
達していないにも拘らず、拒否され、再度要請したら、
1泊¥15,000の有料施設を紹介される始末。
たった1泊で見知らぬ環境へ母を預けるわけにいかないので仕事もキャンセル。

要は毎月の国からの満額給付は決まっているから、母の1日が増えても
現場の負担となるだけで、利益にならないわけです。

次回の介護保険法の改正にあたって国はこの小規模多機能型を基本モデルと
するらしいのですが、
その施設に利用者を受け入れるか否かの決定において
あるいは利用者へのサービス提供にあたって、
会社事業所が利益配分率のみを重視して、このケアマネが行っている如く、
利用者へのサービスの低下が生じる可能性も介護家族としては心配なのです。

体験者は語る、 つう事でした。

今度は追伸。

このケアマネの凄いところは、私が彼女とのこういったやりとりを全て
母の施設利用時、毎回交わされる連絡帳の中でやっており、スタッフ、
会社からの上司、地域包括センターの方と第三者の目に
十分に触れているわけですが、全く全然気にしない。
スタッフ同席の会議上でも、「私は会社から注意も何も受けておりません。」と堂々と。
家族が会社から頂いたこの彼女に関する謝罪文は、一体どんなトリックなの?と
一瞬疑う始末。
そして同じ事の繰り返しの私物化。

この私物化に関して私が抗議。

 私 「母は戦前戦中戦後を生き抜き、保健師、看護師として
    お国に貢献してきた中で
    お国から介護サービス保険の提供を受けているのであって、
    あなたから受けているわけじゃありません。」

ケアマネ 「そりゃそうですけど、決めるのは私です。」


今や勝手に家族代表を解任されても何の異議申し立てを言わない私。
だからかなぁー・・・
・・・お出かけ行事で、他の利用者さんはその後、ファミリーレストランでの食事を
するしないの選択肢があれど、母に関してその通知は一切なしで母だけは
お迎え要請。
ま、いいんだけど。
スタッフの皆さんが母のニコニコを引き出して自宅生活の継続支援を
十分やって下さってるから。

このブログ、市の担当者とか見てくれないかなァ・・・・・・


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小規模多機能型居宅介護

 

小規模多機能型居宅介護は、「宅老所」をモデルとして、
2006年4月の介護保険法改正に伴い、新設されたものです。

 ○ 24時間365日体制

 ○基本は「通い」だが、「訪問」と「泊まり」もあり。
      母の場合、「通い」と「泊まり」の組み合わせ。

 ○ 登録定員制
      登録定員25人以下のなかで、一日の通い15人以下、
      泊まり9人以下に限定。
      母の所は登録定員18人(今現在の登録人数は14人)、
      通い9人、 泊まり5人まで。


 ○ サービス利用料金
      介護保険法に定める介護給付費の1割負担。
      母の場合、要介護4で26、058円の負担。

 ○ その他の費用
      食事と泊まりは実費
      母の場合、泊りが1泊3、900円と食事代で、
      月14万円から12万円の間。

      キャンセル料は24時間前まで無料、以内は1割。
      (利用者の容態急変等の緊急時等はキャンセル料無料)
        ・
        ・
        ・
自宅生活を中心にそれを継続して支援しようという通い、訪問、泊まりサービスの
組み合わせなわけで、母の場合、私の仕事のスケジュールの都合で
お店営業の月火金土日の5日は夕方18時から翌日11時50分まで
通いと泊まりというのが基本です。
但し、母の場合、私の仕事が夜のため、他の利用者さんと比べて
日中と夜の利用が逆です。

人によっては、家族の日中の仕事の関係でその間の朝から夕方までの
通いの方もいたり、
週に3日だけの通い利用の方もいたり、
家族の緊急の用事で泊まりとなる方もいるという風に
1日の利用人数限定の中で利用者およびその家族のニーズに
こたえているわけですけど、
私の感覚としては家族が仕事を持っている場合日中の通いのみならず、
泊まりへの対応という24時間体制でもあることから、
特に私の様な仕事持ちの、母を施設入居させる事はもはやあり得ない
独身一人介護家族として
私の仕事以外、在宅で母と一緒にいられることはありがたいことです。


うちの場合 
       
介護家族にとってシステムとして重宝な中で、
母本人にとってはというと、ここ「フェアー」の場合、スタッフの多くに
素晴しいものがあります。

私自身、母を自宅で介護する中で学習療法を試みたり、体操したり、
作業療法を取り入れたり、母が認知症にならなければしていたはずであろう事を
手助けというかたちでやっている訳ですが、
そういった機能訓練を含めて私が目的としているところは、
母を不安から解放することなのです。
母のニコニコ顔、満面の笑み、それだけで十分。
そういった私の方針を多くのスタッフが理解してくださっている事です。

お迎えの時の母のあのニコニコ顔、お泊りに連れて行った時のスタッフの
母への思いやりの気持ち、もうそれだけで私も母も十分です。


施設で何かをやってもらう事を期待する前に、
家族が認知症の家族に何をするのか、すべきかが大変重要で、
そこで初めて自宅と施設での自宅生活の継続支援の関係が成り立つのだと
私は思っていますので、
そういう意味では今現在の「フェアー」のスタッフとの関係において
小規模多機能型というサービスは私にとって十分機能しています。


小規模多機能型は当然大規模と違い、人数に合わせて部屋も小さく、
利用者3人にスタッフ1人中で密着した対応が出来ます。
目が届きやすいというより、スタッフの180度の視野の中にお年寄り達が
十分入っています。
それもいいところです。

大組織というのは人数が多い分、それに比例したいろいろな考え、
意見というものが出る中、それらを調整したり、取り入れたりしてしながら
結論を導き出すのは中々大変で、時には自浄作用も生じかねないけれど、
ここの「フェアー」に関して、管理者を兼ねたケアマネの施設の私物化という形で
利用者とその家族に対して、介護保険法は無視して自分の手法と権限で
ケアマネイジメントを行っている場合、
一般常識的倫理観の欠如としての資質の問題は後は会社が
地域における信頼を回復するためにもどう判断するかに掛かっています。

うちの場合、スタッフの多くが母への思いやりを持って、
母と私に対応してくださるのでその点は安心です。
他の利用者、家族も同様です。



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救急車に乗りました。

先日、母はいつも通り、夕刻我が家で食事を終えて「フェアー」へ。
その1時間後、私がお店への出勤前、電話があり、
「倒れたので救急車を呼びました。」

ガァーーンッ   な・な・何が・・・・・!

殆ど、電話途中で保険証を手に2分後に「フェアー」に到着したところ
(我が家と「フェアー」が近くてありがたい)
丁度、救急車も到着していたところでした。

説明では、マグネット式になっている数字盤に数字を合わせるゲームを一人で
やり終えてひと段落した時に、座したまま完全に意識を失ったとの事でした。
私が到着した時点では血圧正常および脈拍正常なれど、顔面蒼白、多汗、
意識半濁にて
「お母さん、お母さん、私よ、お母さん」という私の呼びかけにも虚ろ。
そのまま、かかりつけの脳外科のある総合病院へ緊急搬送されました。

病院到着後、意識は回復しつつあるものの、激しい嘔吐と便を排泄して、
ドクターの処置と検査をを受けました。
かかりつけの病院への緊急搬送は、普段からのカルテや
脳の画像診断等があるので、
問診も診療過程もスムースでありがたいものでした。
       ・
       ・
       ・
結果は一過性のものとの事でした。
       
    ウ、ウ、ウワオゥ・・よ・よ・良かったァ!

帰宅途中のタクシーの中。
母は病院での排泄時、下着等を汚しちゃったのでビニール袋に入ったそれらを
渡されたのですが、何故か匂ってくるのです。
だんだん目が沁みるくらい・・・・・・
窓は自動的に運転手によってスーと開けられ・・・・全開に。
何故ビニール袋がだんだん匂ってくるのか・・・・と思いつつ・・・・

運転手さんも私も無言・・・・

帰宅後、母をパジャマに着替えさせようとしたら、もちろんそうでした!
そうですよねぇー、病院で履かされたリハパンの中は、下痢状・・・の海でした。

下半身をシャワーで洗い、さっぱりした母に
「お母さん、気分悪くない、吐き気しない?」
「あら、どうして?全然別に」
・・・あぁーよかったぁーと私。
今月つい最近も、母のめまいとふらつきで私なんか脳梗塞疑って、
病院で診察受けさせたばかりだし・・・・。

帰宅後の母は食後1時間後に嘔吐しているから胃は空っぽ、
多量の発汗と軟便で体中の水分抜けちゃっているから、
翌日の食事まで食事は我慢させても
脱水症状を防ぐために、数時間ごとのポカリスウェットとお水を交互に
少量ずつの投与となりました。
勿論、お店は休業。

翌日からは昨日の事が何事もなかったような母の笑顔ですが、
軽い脱水症状のせいか、顔が若干皺くちゃになったみたいで
なんか、ちっちゃくなったみたいでした。
勿論、普段の学習療法や作業療法は中止して、二人でダラダラゆったり
過ごしていたのですが、何故か体の消耗感と若干のふらつきがみられ、
すぐに横になりたがっていました。
ま、あれだけ水分を急激に失ったせいなのか・・・・・
私達若い世代(母と比べたらですけどぉ)と違い、体力的な消耗感からの
回復が遅いです。

定休日の水曜日木曜日を含めて1週間近くお店を閉めて母と一緒でした。
友人やお客さんが心配して電話をくれたのですが、みぃーんな全員
「お母さんに何かあったの?」「マーシャさん具合悪いの?」ばかりで
だぁーれも「ジュリアさん何かあったのとか具合悪いの」とは
聞いてくれませんでしたぁ・・・・です。



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小規模多機能型居宅介護サービスの問題点

       我が家の場合

介護保険法が2012年に改定され、その基本モデルとなるのが
小規模多機能型居宅介護となるであろうとのことですが、
介護保険法において高齢者介護施設を「終の棲家」から
「在宅復帰を目指す施設」へのという変化を求める中、
すなわち近い将来における団塊世代の高齢化に伴う
超高齢化社会の到来における圧倒的(!!)介護施設の不足に対して、
介護の在り方を在宅介護に求めるという指針で
その基本モデルを小規模多機能型をに求めるという事にあるように
私には思われます。

今の現状の問題点は、(あくまで母が現在その小規模多機能型の施設を
利用している上で見られる問題点なのですが)
登録定員に対して、一日の通いサービス利用定員の上限があるわけですが
会社および事業所の利益利潤追求の中で、通いの日数を利用者の
ニーズを無視して限定してくる可能性があります。
いわゆるサービスの低下。


我が家での実例    いやーまいった、まいった、まいったすッ!

ケアプランというものは利用者および家族の諸々の事情を考慮して
作成されるものと介護保険法に明記されていますが、
うちの場合、最初に「この日は大丈夫この日はダメ」の説明があり、
その後にしばらくたってケアプランが作成されてきました。

私はどうしても働かなければいけない中、私は母には申し訳ないのですが
夜の仕事上、その仕事中の週6日のお泊り希望でした。
この施設は旧コムスンを引き継いでおり、当時は登録人数も少なく、
もう少し希望を取り入れてもらいたいと思ったものでしたが、
週4日以内ならお預かりできるがそれ以外は無理ですとの返答でした。
登録人数がまだまだ少ない中でこれから利用を希望する人のために
枠を空けておくとのケアマネの趣旨に、
当時の私としては仕事再開のために週4日の利用でもよしとする選択しか
ありませんでした。
よってお店は週4日営業となっておりました。

但し、今思うに母にとっては、施設から引き取って1月ちょっと
私が仕事をずーと休んで一緒にいた中で、
急に又週6日一人で環境が変わって夜間を過ごすよりも良かったと思います。
しかし、週4日の営業では生活が成り立たず、紆余曲折ありの話し合いの中で
なんとか週5日(母も施設での環境になれましたし)に持っていく事が
出来たわけでした。

生活費が稼げず生活破綻したら、無理心中,
それに失敗したら介護殺人という結末もありえるわけです。

独身介護家族が抱える問題は深刻です。

でもまぁー、週休2日をとる飲食店て聞いたことありませんよね、あんまりィー。

・・・・・・が、ある日突然!
週5日利用というケアプランの中で数か月も経過している時、
「週4日にしてください」
「他の利用者さんにもお願いしているのです。
ジュリアさんのところばかりサービスをしてあげる訳にいかないのです」
「重度の利用者さんもこれからどんどん入れなきゃなりませんし」
    ・
    ・
「なんで今更ケアプランと違う事が通告される訳ですかッ?」と私。
「施設が経営的に苦しくなって潰れたら困るのはジュリアさんでしょ。」
平然とピシャリ。
  
・・・・・・私は目が点ッ・・・・!但し、断固拒否ッ。

利用者のニーズではなく、このケアマネの方針と意向で作成されている
ケアプラン。
これって介護保険法の理念に反しているはずです

実はここは管理者とケアマネージャーが兼任なのです。

問題は小規模多機能型というのは、利用者が2日利用であろうと
5日利用であろうと国からの介護サービス給付金
(利用者の1割自己負担金を含めて)を全額もらえるわけです。
ですから利用者の利用日数を少なくすればするほど、
登録利用者の確保が拡大する訳で
さらに介護度数が高ければ高いほど事業所の収益は上がるわけです。
すなわち、母の5日利用が3日になれば、空いた2日分でもう一人利用者を
獲得出来る事でさらなる給付金の支給を確保できるわけです。
現在、小規模多機能型の施設全体で赤字経営が40%強、
赤字でなくともやっと経営が成り立っているのが40%強、
採算がとれて黒字が10%と聞きました。
これが正確な数字なのかは別にして
事業所の採算が合わないと、経営が成り立たずという事は十分に理解できますが、
採算のみを優先重視して、利用者および家族のニーズに基ずいて作成された
ケアプランを無視して介護サービスの質と量を低下させることは
別問題なわけです。
ここに介護保険法の矛盾が露呈しているわけです。



ここのケアマネは凄い!   一般常識の欠如ぶり・・・・・・・が。

小規模多機能型は緊急時の対応も可能なはずの中で
一度緊急のお預かりをお願いしたところ
受け入れ人数は十分可能なのに見事に却下され、後日その訳を問うたところ、
「それはそちらのご商売の都合だったわけでしょ。」とピシャリ。
商売の都合でも何でもこちらにとっては緊急だったのですがねぇー

そしてある日、母がお泊りの翌朝8時30分頃、
施設から一人で抜け出て徘徊した時、
私には最初丸一日全然何も知らされませんでした。
その日水曜日で母は17時までお預かりでしたが、
日中2度用件があり、電話を入れた時その管理者を兼ねたケアマネが
対応しているのですが、
何も知らされず、夕方17時に母を迎えにいっても何も知らされじまい。
時は真冬、場所は車の往来の激しい国道沿い。
翌日お昼過ぎに事情説明に来宅されました。
つうのは私がその事実を知ってしまっているという事で。

私 「母がいなくなった事、見つかったという事実を私に知らせる機会が
電話で2回、 お迎え時で1回あったにもかかわらず、
何故、丸一日知らせなかったのか」と聞きました。
 
「我が家は施設から2分の所にあり、母を探索する上で
一人でも多くの人数が必要だし、
携帯電話があり且つ我が家のドアーを叩いても良かったはず。
低体温症に陥る可能性と交通事故に巻き込まれる可能性の中で、
母のような介護度4の人間の命の保全が最優先されるべきであるし。
何故知らせなかったのか」
再度聞きました。

ケアマネ 「丸一日お知らせしなかったのは申し訳ありません。
       お知らせしなかったのは、すぐ見つかると思いましたから。」
としゃらッと。

私 「じゃあ、死んで見つかりましたという事後報告もありえたわけですね」
と皮肉。

但し母は無事ご近所の方に発見され、
何事も無く命が無事であったことを良しとした事件でした。
夜、私の傍らでスーピーフニャムニャ眠っている母の体温を感じながら、
もしかしら今晩こうして母がもはやいなかったかもしれない
可能性があったのだと思った時、
心臓がキュッとなりました。


このケアマネは‘エホバの証人‘の信者で、
彼女の紹介によるスタッフ補充でこの施設におけるスタッフの半数近くは
同じ信者。
情宣と勧誘を伴った機関紙「目ざめよ」を介護家族および他のスタッフに
配布し・・・・・・・
別にどの宗教を信じようと構いませんが、
介護現場という職場で「目ざめよ!」という
教団の機関紙を配布される事を利用者家族は決して絶対望んでいないという
一般常識!への欠如・・・・ぶり。

お正月は「明けましておめでとうございます」とは言いません。
何故ですかと聞いたら「私達は教義上、そういう他宗教の言葉は使いません。」
とピシャリ・・・・・・

ケアマネに対するあまりに多くのクレーム対策に一度会社から人が派遣され、
教育、指導および改善という余地(例えばきちんと挨拶が交わされるとか、
ケアプランを含めた書類関係の遅延がなくなるとか、・・etc)がみられましたが、
会社からの方がいなくなった途端、元にみごとに戻りましたです。

この施設はケアマネイジメントを含めて総てが
このケアマネの私物化となっております。
あれだけのクレームがあってもこのケアマネをよしとする会社も凄い!
要は事実関係の問題解決より利用者家族が黙れば問題解決と思ってますねェ。

施設を見つけて預かっていただけるだけでもありがたいと、
変で妙であきらかに間違っている事に
中々介護家族は声をあげる事が出来ないのが現実。

ところで私は家族の代表2名のうちの1名なのですが、
ま、私もうるさい家族という事なのでしょうか、私への確認承諾全くなしに、
それはケアマネ単独の判断なのか、会社も同意なのかはわかりませんが、
見事にいつのまにか代表を解任されておりました。
まぁーびっくりしましたです。
全然知りませんでしたぁー!

クレームがあるたびのこのケアマネの口癖。
「私はいつ辞めてもいいのよ。でも会社が辞めさせないのよ」

但し、ここのスタッフの多くはとても優秀。
母の自宅生活の継続支援をみごとにこなしてくれる訳で、
いつも頭が下がりますです、ペコリ。
このスタッフ達の話はいずれ又。素敵な話がいっぱい。

小規模多機能型の問題点および良い点をきちんと語ろうと思っていたのに、
いつのまにか愚痴になっちゃいました・・・・・です。


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介護施設という密室の中・・・

     みんな、元気だった。

昨日、書いたものに関してお電話とコメントをいただきました。

お電話は、昨日書いた施設の時、その施設のケアマネではなく
そこの入居者さんの個人的ケアマネの方で、
私が母を訪れたときよくおしゃべりをし、
認知症に対する知識も乏しい中で いやぁー本当にいろいろアドバイスを頂だき、
彼女が自分の担当の入居者さんを訪問したときも母を訪れて
おしゃべりの相手をして下さったり・・・
施設内で相談する相手のいない私にとって彼女の笑顔と、思いやりの心、
知識は本当にまぁー頭の下がる思いでしたです。
この方との出会いも私の中の介護の原点の一翼でもあります。
母を引き取って以来のおしゃべりでした。
彼女にとって、彼女の仕事上の中で自宅から施設、
施設から施設というのが普通で、
施設から自宅へというのは私と母が二例目なのだそうです。
「ブログを呼んで瑠璃子さんがお元気そうで、良かったですね。」
そっかぁー、心配していてくれたんだぁー

コメントの方はやはり母と同じ施設にいらしゃった方のご家族でした。
お母様はすでに他へ移られ、お元気で穏やかに過ごされているとの事です。
私が母を自宅介護に切り替えた後の、その後のその施設・・・

聞いてびっくりというより、怖ろしかったーッあーッ、マジで!

看護師とケアマネの意向で入居者は更にどんどん薬漬けなのだそうです。
問題行動(?)とみなしたら、即、施設かかりつけの精神科医の受診を受けさせ、
薬を処方してもらう、させる?で、抗精神病剤、抗痙攣剤・・・etc・・なのだそうです。

実は母もそうでした。
最初入居時、この施設以前の同じ法人運営の施設にいたときの、
かかりつけの病院の薬を受け継いで服用をしていたのですが、
母は、インプロメン錠、デパケン錠、アレビアチン錠(認知症や精神疾患病、
或いは介護に携わっている人ならこの薬が何を意味しているか、
お分かりのこととおもいます。)を同時服用しておりました。
ただし、ある日突然、私は私の手元に送られてくる調剤内容を見て愕然でした。
母は大学病院の精神科、施設かかりつけの医院および精神科医を
受診していたのですが、
それぞれの医療機関から成分が全く同様の薬をダブって
処方されているわけでした。
血圧降下剤もしかり。
以前の施設は姉が保証人である事から、私は関知してませんでしたが、
当然、一般常識として、お国からの認可を受けている施設であり、
看護士も在駐しての健康管理が行われているはずと思っていましたし、
又、当然、母が新規の施設に引越しとなって
受け入れ施設の看護師が当然のチェックを行うものと思っていました。
私が甘かったぁー!
これに関して、かなりの抗議をしましたけどッ。
ギョッとなっった私は即、母を診てくださる病院とドクター探し・・・探し・・・
今の先生に母を初めて診察をしていただき、母の状態(私の知りうる)を伝えたら・・・・・
うーん、感動?!でした。
抗痙攣剤も抗精神病剤も一切必要なしの処方でした。
その時、母の無気力、追視の衰え、歩行困難、
寝たきりになりつつある状態etcの意味がはっきり理解できました。

あぁ、あぶなかったぁッ、瑠璃ちゃん。

こんなのを理由なく、自分たちの都合で投与されていたら、
脳細胞もやられ、寝たきりになって死期を早めるだけなのです。
これは薬を使った身体拘束・・・・??!専門家の方はご存じだと思いますが・・・

介護施設という密室の中で、ケアマネと医療的立場の権限のある看護師が、
入居者の命を握っているとはそれはそれはおそろしい・・・!!!!!!!

ここは母が退去後、家族からのいろいろな訴えがあり、
県の調査が数度入っているわけです。
一向に反省と改善の兆しなし。
調査に入って指導はしたけど、
そのまんま指導だけで終わりの行政もしかりだけど、
調査・指導を受けても、受け止める側の資質と適性の問題で、
意に介さずつう事ですかねぇー。


母がいた時、介護スタッフとして優秀な人もおりました。
リビングでお年寄りたちに寄り添って、歌を歌い(昔は今みたいに娯楽が少ないから、皆、
小学校唱歌とか童謡とか古い歌謡曲とか大好きでよく知ってますよね)
しりとりをしたり・・・もうお年寄りたち、母も含めてテーブルに輪になって
ニッコニコしながらそのスタッフを囲んでいるわけ。

ある日、私は母のところに泊まり、朝、母のものの洗濯をしていました。
洗濯室の隣はスタッフルームで丁度、朝のスタッフ会議をしておりました。
ドアーは開けっ放し・・・・・・・

ケアマネ「あなたねぇ、テーブルに座って歌ったりゲームしているけど、
      他にもやる事あるのよ。
      まず掃除でしょ。
      年寄り相手は時間があるときでいいのよッ。」

     「あなたねぇ、Tさんの家族にいちいち全部説明しなくていいから。
      大丈夫ですよ、穏やかですよ、でいいのよ。
      余計な事といったら向こうも余計な事考えるでしょッ」

     「家族に何か聞かれたら、私はわからないので、
      ケアマネか看護婦さんに訊ねて下さいっていうのよ。
      何回も言ってるけど・・」
           ・ 
           ・
           ・
あの施設の事はすっかり忘れていたけど・・・・ォ




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玉石混合・・・・・!

瑠璃ちゃんと呼ぶな?・・・・・!!!  


私は基本的に母の事を「お母さん」と呼びます。
多分、いえ相当、「私が娘のジュリアなのよ」とわかって欲しい願望を込めて。

でも母は私が二番目娘のジュリアとは認知できないから、
「お母さん」と呼んでも無言の時があり、
もう一度「ねぇーお母さん」と呼ぶと
「エッ?誰の事?エッ?私?」と答え、
「そう、お母さんよ」と言う会話のときがあります。
という中で、「お母さん、かわいいねぇー」と語りかけると、
「いやぁー小さい頃は瑠璃ちゃんてかわいい、めんこい(母は秋田生まれ)と
言われたのよ。
だから今度から瑠璃ちゃんて呼んで。
今はババァになっちゃたけど」と来るわけです。
「うん、わかったよ。瑠璃ちゃん。」
母、ウレシソゥ・・・!!

甘えたいのだと思う。
子供時代に呼ばれていた呼び方をされる事で、
子供時代すなわち親や周りから保護され、子供ゆえに甘やかされたとき
(基本的に子供時代はそうだし、そうあるべきだと思う)の感覚に
守られているという感覚に、時には、浸りたいのだと思います。
何故なら認知症と言う病は、時には訳のわからない不安を引き起こすから。

母が以前、私が引き取る前に入所していた介護施設での事ですが、
スタッフの中(いや、あの施設は多くのスタッフがその傾向にあったと思いますが)に
認知症の入居者に話しかけるのに赤ちゃん言葉を使うスタッフがいるわけです。

「あー、ちょうですちゅかぁーー」「ダメでちゅよぉーー」
「はーい、もうネンネねェーー」「ちゃんとお箸使えるかなァー」
「はい、はい、はい、」(普通、「はい」は一回でいいと思うけど・・)

エッ、認知症って赤ん坊な訳!?!

別に「あー、さようでございますか」「お止めになってください」
「もう、お休みになられたほうが宜しいのでは」
「きちんとお箸、お使いになれますか」
「承りました。」と言ってくれとは、全然、毛頭、思いませんし、
思いませんでした!マジで!

けど、何故、普通に常識的な日本語による声かけが出来ないのか、
最初の頃は不可思議、不可解でした。
母は脱いだ靴やスリッパを向きを変えて並べ、
人様に対してきちんとあいさつ(私よりずっと丁寧に)をまだこなします。
赤ん坊は絶対にしません!
出来なくなってきている事と、赤ん坊であることは全く違います。

介護度が何度であろうと、彼らは立派な大人です。

戦前、戦中、戦後と、私たち戦後生まれには想像を絶する
過酷な時代を生き抜いてきたわけで、
現代のように医療も薬も発達しておらず、
物も乏しく時には貧しくおなかをすかせて栄養状態も良好とはいえず、
そして戦争と言う悲劇をくぐり抜け、戦後を生き残ってきたのです。
戦後日本をたくましく作り上げてきたのは、正しく彼らなのです。

以前、後期高齢者医療保険の問題がマスコミでクローズアップされた時の
インタビューの中で施設に入所しているご婦人が凛として
「戦後日本を作り上げてきたのは、私たちです。
今更、それに対してこんな仕打ちですか!」
とおっしゃっていたのが耳に残ります。

介護をするにあたって、介護される人たちの人生的歴史的生育歴を
少しでも学んだら少しは目上の大人への敬意は生ずるような気がしますけど・・・ねェ。
その存在の中身にはものすごーい人生と歴史が詰まっているのだし。

いくら認知症であろうと、彼らは言いたいかも。
「赤ん坊じゃないッ」て。[赤ちゃん言葉で話すなッ」て。
認知症で脳細胞はダメージを受けてても、心は生きているから。
でも彼らは、何も発しない。
何故なら無力だから・・・・・

食させ、排泄させ、眠らせて、生きながらせ、
問題があればマニュアル!に沿った対応だけ。
これは、介護ではありません。

介護保険法が施行されて、介護保険法に記載されているところの
理念に基ずいて施設運営がなされているか、
チェックも管理もしない厚生労働省もしかり・・・・・・

ひと山いくらでくくって介護しているのを目のあたりにして、
超ビックリしましたです・・・!!!
個人的生育歴(例えばどういう人生を歩んできたのかとか・・・etc)を
理解することなく、又、対応する事なくして、
いかにして個としての問題を掌握してそれぞれにあった介護が出来るのでしょうか。

ま、施設運営の方針がスタッフの介護の姿勢に反映されているわけでした。

身体的介助だけが介護と錯覚誤解しているスタッフと、
身体的介助をも通して相手の心に寄り添おうとするスタッフの 
その雲泥の差、天と地。フーッ!

真剣に介護というものに取り組もうと志しているスタッフにとって、
そのような介護方針の現場はつらいものがあるに違いません。
そのような施設には見切りをつけていずれは辞めざるをえない状況でしょうね。

でも寝たきりにする介護ではなく、寝たきりにさせない介護を目指している
介護施設もあるわけです。

玉石混合てな状況の日本の介護施設の現状。


私は母の事を瑠璃ちゃんとも呼びます。
でも、母に対して大人として面します。

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